株式会社イーウェル アドバイザー
山梨大学 教育人間科学部教授 西久保浩二

ご存知のとおり、わが国は、世界でも類をみない急速な少子高齢化に直面している。
この先進国共通の社会現象には二つの側面がある。ひとつは、乳幼児死亡率の改善や医療システムの整備、食料事情などによって実現された「長寿化」という成果としての歓迎すべき側面である。もうひとつは出生率の低下に象徴される「少子化」という人口減少、労働力供給不足などの問題としての側面である。わが国は、女性は世界一の長寿、男性も3位という世界一の長寿国である。医療費とか介護などそれなりに問題もあるが、まずは、“長生き”できるということはハッピーなことなのである。

となれば、後は“問題”とされる少子化に必然的に関心が集まってくる。日本は2005年に合計特殊出生率が1.26という韓国に次いで先進国で最低水準、戦後の観測史上最低の「少子」となってしまった。慌てふためいた政府は、既に施行していた次世代育成支援対策推進法を改正して(17年改正)、事業主への出産・育児支援の義務を強化した。少子化が即、事業主による職場改善として政策化されるところに、わが国のお家事情がある。長時間労働、過労死・過労自殺、男性正規労働者の驚くべき帰宅時間の遅さ、家事時間の短さなどなど、ゆったりとした出産、子育てができる労働環境では到底ない。というのが、ここまで出生率を下落させたわが国の特殊要因であるというのが、今のところのコンセンサスとなったのである。
>それで、今や労使の関心は仕事と生活の調和、すなわち、ワーク・ライフ・バランス(以下、WLB)なのである。かなり、前置きが長くなってしまったが、今回はこのテーマについて、福利厚生との関係にも着目しながら考えてみたいと思う。

企業と従業員双方にとって有益なWLBを暗中模索

世界的なWLBの広がりを促すきっかけとなったのは、やはり女性の労働市場への本格的な進出であった。高学歴で優秀な女性がフルタイマーとして職場で活躍するようになって、彼女たちが家庭で担っていた、家事、育児、介護などとの両立が深刻なジレンマとなって悲鳴を上げはじめ、職場での生産性にも明らかに悪影響を及ぼすようになったのである。流れとして、当然、少子化は、労働力の供給不足、人口減少に繋がり国力を左右するなんて話になると、労使、政府も大慌てで対策を講じなくてはならなくなる。この状況は欧米も、わが国でも、韓国でも全く同じである。女性の力は偉大である。米国では、当初はChild Care , Family Care といった個別の支援施策として始まり、やがて、Family Friendly として包括的なものとして拡大していった。そして今やFamilyという言葉もとれてWork & Life Balanceとなったわけである。
ともかく、こうしてWLBが国家政策上、そして個々の企業の人的資源管理上の重大テーマとして、政府を動かし、労使交渉のテーブルに乗せられるものとなったのだが、いかにそれを実現し、労使、つまり企業と従業員双方にとって有益なものとするかは、これからの取り組み次第という段階にある。

さて、ではそもそもWLBとは一体、何?という話になるのだが、実はこれが、なかなかに捉え所がない。仕事と生活の関係性を捉える基本モデルだけでも、流出モデル(spillover:一方が他方に好影響・悪影響を及ぼしあう)、補償モデル(compensation:一方の不満・不充足を他方で埋め合わせる)、道具モデル(instrumental:一方が他方の成功の手段と位置づけられる)、分離モデル(segregation:仕事と生活は、互いに影響を及ぼしあわない)、葛藤モデル(conflict:仕事と生活は両立せず、葛藤・対立のみが生じる)、といった具合に多彩なのである。

一番、わかりやすいのは図に示すような、シーソーや天秤などがメタファとして表現される仕事と生活のどっちに比重があるか、特に「時間」に着目してどっちに時間が取られているか、といった観点でのバランスをあれこれ考えようという発想である。確かに、これは、わかりやすいといえばわかりやすい。ただ、この発想にも色々と異論は出ている。「長時間労働でも、やり甲斐のある仕事で充実していて、少ない時間だが家族との生活も良好だ」という人も少なくない。あるいは、昨今の非正社員のように「家計のためにはもっと長く働きたいのに働かせてくれない」というアン・バランスに不満をもつ人も数多くいる。だから、時間の長短を単純に観測するだけでは、最適なWLBなどわからない、という話になる。確かに、課長に昇進したら、仕事に埋没して成果を出したい、と思うのは当然だし、子供が病気、親が介護となれば、仕事をセーブして早帰りしたいというのが人情である。それぞれ求めるバランス点は違うのである。

Platta (1997)より加筆修正

企業側からみても、このWLBは本音のところでどこまで本気でやるのか、躊躇わせるところがあるだろう。以前、大手経済誌のコラムで「WLBはゆとり教育の二の舞になりかねないぞ」という主張を見かけたことがあるが、企業現場からすると、率直なところだろうと感心した。「WLBを実現すれば優秀な人材が集まる」という話はよくあるが、誰もキチンと検証したとことはない。「男性従業員が育児休業を取って子育てを経験することで、発想が拡がり、コミュニケーション能力がアップした」という話などもよくいわれるが、それなら7人の子供を育て上げた私の父方の祖母はどんなすごい人材になったことだろう。わが社にとってより良き、有効な、労使にとって最適なWLBとは何か、暗中模索、五里霧中というのが現状ではなかろうか。

WLBにおける福利厚生の立ち位置とは

さて、このような状況のなかで、福利厚生はどうあるべきか。どんな立ち位置でこのテーマに臨むべきなのか。

WLBと福利厚生の制度的関係は、託児施設や介護支援など一部は密接な関係、というか当事者の立場にあるが、前者の領域は、単なる福利厚生の分野に収まるものではなく、労働時間管理、人事評価、異動配置、コンプライアンス、さらにはCSRにまで拡がる実に広範囲にわたる横断的テーマといってよい。
現在のわが国の福利厚生は、かつて世界の賛辞を集めた「日本的経営」のなかにその原型を見い出せる。アベ/・グレン(James C. Abegglen)が“The Japanese Factory(1958)”のなかで、「彼の生活の細部にわたってほとんどすべてが、会社の施設、指導と補助でしみとおって......いるのである」として包括的で、“手厚い”制度体系を、当時の欧米の報酬制度の論理では説明できない、日本企業の強さの“謎”の一部分として紹介された。
この後、わが国は高度成長を続け、瞬く間に先進国の仲間入りをして、東洋の奇跡とまで評されるわけだが、その最大の、唯一無二の功労者は、勤勉な労働者であった。しかし、この功労者たちは、会社人間、仕事人間、果ては、社畜とまで蔑称された。ひどい話である。

実のところ、この会社人間というワークスタイルを、伝統的な福利厚生は、最大限バックアップしてきた。
深夜労働を可能にする会社に近接する社宅・独身寮、5分で蕎麦をひっかけるためだけの階下にある社員食堂、財産形成、教育資金、レジャー、面倒なことはみんな会社に任せておけばOK。まさに会社人間支援システムである。
この話を続けると、わが国の福利厚生は、間違いなくWLBの敵ということになる。さて、どんな答えを求めればよいのだろうか。ここはひとつ日本人らしく良き妥協解を求めるしかないだろう。
さすがに、会社人間という時代でもなかろうし、今の、草食系の男性新入社員たちにそんな戦闘モードを期待しても儚く撃墜されるだけである。むしろ、元気のある肉食系(失礼!ごめんなさい)の女性社員に期待するべきなのである。とすれば、出産だ、育児だ、介護だ、と色んなハンディキャップで職場を離脱されたらかなわない、というのも本音だろう。だから、両立支援は少子化で労働力供給が細るこれからの時代において、企業の体力を持続させるためにも必要不可欠なものなのである。福利厚生には、様々な両立支援系の制度・施策がある。これらを活性化させ、実効性のあるものとしてゆくことが求められている。

女性以外にも、WLBが求められている労働者層は少なくない。過労死・過労自殺が今も高水準で推移しており、その予備軍ともいえるメンタルヘルスの問題は拡大を続けている。直接的な健康管理施策だけではなく、職場の風通しを良くするレク・イベントやコミュニケーション施策がもう一度、必要になってきている。このあたりの対応は、さきほどの草食系の男性新入社員達にも必要になっている。近年の新卒入社層の3年3割という高離職率の原因は、仕事のキツさに耐えられないという側面だけではなく、“居心地の悪さ”というか、安心できる帰属感が持てない、それが無いから辞めやすい、からではないかと筆者はみている。これもやっぱり、WLBの問題とみるべきで、居心地のすこぶる良い、巣ごもりできる家庭と、身の置き場の無い居心地の悪い職場というアン・バランスが離職を促進してしまっているのである。このあたりの対策、格差解消は、まさに福利厚生の出番といってよい。

また、WLBが進行するなかで捻出されるであろう個人の時間をどう使うのか。もちろん、求められている家事、育児、介護などに参画することは言うまでもないが、これらの課題は全ての従業員が当事者ではない。むしろどちらかといえば少数派である。では、他の多数派はどうするのか。やはり、自己啓発で、いずれ訪れるであろう戦時に備えて“刃”を研いでもらおうではないか。また、先に述べた通り、従業員の価値観は多様化し、それぞれの置かれた状況や立場も異なっている。だから、最適なバランス・ポイントとそのタイミングは違っている。
つまり、福利厚生施策を使って、個々の従業員のWLBを支援するとしても、一方的な押し付けは禁物になる。だから、カフェテリアプランのもつ個人の選択の裁量性が個人間での多様で多元的なバランス感に適応するツールとしては最適なものになるだろう。

「WLB・モード」へのシフト・チェンジで企業競争力強化に貢献

このように考えてくると、福利厚生はWLBの強い“味方”たり得る可能性を大いに持っているといえよう。
さらに少し飛躍して換言すると、高度成長期の福利厚生が「会社人間モード」であったとすれば、そろそろ、シフト・チェンジをする時期であり、新しい「WLB・モード」に切り替えることで、改めて企業の競争力の維持・強化に貢献する頼りになる存在としての位置を示すべきなのかもしれない。

さて、皆様はこのテーマにいかなる取り組みをなさるのであろうか。