株式会社イーウェル アドバイザー
山梨大学 教育人間科学部教授 西久保浩二

先日、日本経団連から毎年恒例の「福利厚生費調査」の結果が発表された。この調査結果から近年の福利厚生費の動きについて、その傾向や背景について考えてみたいと思う。

福利厚生費の動き

表1 福利厚生関連費用(2008年度)

表1は、法定外福利費に加えて、現金給与、法定福利費、退職給付費用を整理した2008年度での全体的な結果である。

まず、法定外福利費については従業員1人当たり月額27,690円で対前年比マイナス1.1%となり、2年連続の減少となった。構成比としての個別領域では「住宅」が47.7%とほぼ半数を占めており、続いて「ライフサポート(23.5%)」「医療・健康(11.2%)」などが大きい。動きとしては「医療・健康」が5.3%、「ライフサポート」が3.3%と伸びている反面、「住宅」は対前年比でマイナス1.9%と3年連続であり、「文化・体育・レク」と同様、過去10年間では8回目の対前年比マイナスとなった。今年だけを見ると「福利厚生代行サービス費」がマイナス3.7%と減少が目立つ。アウトソーシングの普及は確実に進んでいる中での減少ということは、サービス価格の低下が生じていることが示唆される。

関連費用の動きもみておこう。まず、法定福利費だが、75,621円となり、法定外福利費の2.7倍となる。ここでの構成比としての個別領域では「厚生年金保険(57.8%)」「健康保険・介護保険(34.0%)」の両者で全体の88.8%とほぼ9割に達する。少子高齢化の影響によるコスト膨張を直接的に反映するこの二つの法定負担の存在が企業の予算制約を長期的に強める構造になっている。法定福利費は対前年比でマイナス0.4%と微減となっている。これは、平均給与減少の動きとの連動した結果であろう。
次に、退職給付費用だが、全体で65,839円とこちらも法定外福利費の2.4倍と依然として高い水準にある。しかし、対前年比でマイナス8.0%と急減し、2003年度の92,037円という最高値から3割近く減少したことになる。積立債務処理やリストラに伴う割増退職金など変動要因の多い退職給付費用だが、2008年度時点では落ち着いてきた感はある。ただし、また、リストラ再燃や低金利・運用難となれば再び高騰する危険性を孕んでいることは言うまでもない。

この他では、今回の調査で最も大きな動きを見せたのが現金給与である。572,781円となり、対前年比でマイナス2.3%と大きく落ち込んだ。この下げ幅はこの調査の1960年代以降をみても初めてという大きなものとなった。先の法定福利費が減少したのもこの減少の影響である。
法定外福利費、法定福利費、退職給付費用を合計すると総額169,150円で、対現金給与29.5%の比重となる。つまり、企業は現金給与に加えて3割近いコストを上乗せすることが求められ、労働単価を引き上げる大きな要因となる。これに現金給与を加えた人件費総額は741,931円で、対前年比でマイナス2.8%となった。全ての費目を全て引き下げた結果である。おそらく、2008年9月のリーマン・ショック以降の影響が現れると考えられる2009年度も今回の傾向をさらに増幅させたのもとなるのではないだろうか。

福利厚生関連費用の推移

この福利厚生関連費用の現在までの長期的推移についても見ておこう。
図1は、法定外福利費、法定福利費、退職給付費用それぞれの対現金給与比の1960年からの推移である。現時点で法定外福利費は4.83%、法定福利費、退職給付費用がそれぞれ13.20%、11.49%となっている。三者を合わせると先ほどの3割、29.53%という値になる。

まず、90年代初頭からの法定外福利費の長期的な相対的縮小が読み取れる。一方で、法定福利費の料率見直しに伴う段階的、長期的な上昇と、退職給付費用の2000年初期の高騰などが印象的である。結果的には、法定福利費や退職給付費用という強制的な負担を求められるタイプの費用の膨張が、任意の制度展開が許される法定外福利費を抑制する形になって推移してきたとみるのが自然であろう。この三者の関係性は今後とも継続されるものと考えられる。特に、法定福利費の今後の上昇は確実なものであり、法定外福利費にとっては長期的に強い予算制約要因となることは間違いないだろう。

経済動向と法定外福利費

もう一点、経済動向との関連性をみるために、GDP名目成長率(年度)と法定外福利費の1年単位での変動率をプロットしてみた(図2)。一目瞭然だが、両者の関連性は密接である。特に、近年の経済の後退過程での連動性は明確になっている。すなわち、景気が悪化するにしたがって、法定外福利費が減少するという関係が定着してしまった感があるのが残念である。本来、人的資源への中長期的な投資行動としての福利厚生は、短期的な景気変動によって大きく左右されるべきではない。投資とそれによって得られる経営的効果の間には一定の時間が必要となるからである。もちろん、従業員からの制度への期待感、信頼感という点でも同様である。しかし、現実には、業績変動にリンクする形で、総額人件費は制御される傾向を強めており、福利厚生も例外ではなくなっている。

個別領域での近年の費用変動

法定外福利費全体での動きを背景も含めてみてきたが、次はその内部構造を成す個別領域でのトレンドを確認してみたい。
図3は、1998年度と今回発表された2008年度での個別制度での費用の動きについて、縦軸にはその間の変動率、横軸には同期間の変動額(従業員1人当たり月額平均額)をとり、各制度の位置をプロットしたものである。
この11年間の間の変化は大きく、明確な傾向を示すものといえるだろう。

まず、実額では「住宅(社宅・独身寮等)」が1,902円と最も大きな減額を示している。変動率でもマイナス13.2%と目立っている。脱“住”の流れが顕著であったことがわかる。「持家(支援)」についてはさらに顕著で、変動率でマイナス32.0%となる。両者を合わせると実額で2,237円の減額である。「文・体・レク施設・運営」についても大きく後退してきたことがわかる。実額で444円、変動率でマイナス27.9%となる。「給食」も同様で実額で373円、変動率でマイナス13.6%となる。こうしてみると社宅・独身寮、保養所・運動施設、給食施設などの「ハコもの系」が共通して減少していることがわかる。「ハコもの」で唯一、増加しているのは「医療・保健衛生施設(53.1%の増加率、782円の増額)」だけである。

一方、増勢が顕著なものは、なんといっても「育児関連」で、変動率で実に504.0%、つまり5倍の伸びである。実額では126円の増加となる。1990(平成2)年の「1.57ショック」以降の次世代育成支援法の施行、両立支援を軸としたワーク・ライフ・バランスへの政官民こぞっての関心の高まりを反映した結果であろう。「ファミリー・サポート」も、233.3%の増加率、231円の増額と大きな伸びを見せた。この他では「ヘルスケア・サポート」も55.4%の増加率、300円の増額、「福利厚生代行サービス費」の41.3%の増加率、342円の増額などがある。
これら「育児」「家族」「健康」などの分野が新しい重点領域として注目されてきていることがわかる。

個別領域での動き

福利厚生費の中期的トレンドとは

福利厚生費の全体的な動きと、その内部構造としての個別制度での動きを概観してきた。これらの動きが、今後の福利厚生制度の展開に対して何を示唆するものか。また、仮にこの動きが継続されるとしたときに、到達するゴールはどのような世界なのか。独断と偏見を多量に交えながら考えてみたい。

法定外福利費は近年では現金給与の5%を割り込む水準で推移し、以前として低下傾向を続けている。一体、この比重がどこまで下がり続けるのだろうか。給与の1%といったミクロの世界にまで入ってしまうのだろうか。
先行き、気になるところである。

「住宅」に代表される、高コストの固定費的性格の強い「ハコもの」の見直し(廃止、縮小、外部化)を進めることで、この圧縮が進行してきたが、それがどこまで可能だろうか。たとえば、「住宅」は今尚、法定外福利費全体の48%近くを占めていることから予測すると、まだまだ、削減の余地はあるともいえる。たとえば、必要不可欠な業務用の借上社宅だけを残すと決断すれば、法定外福利費の20%程度にまでは落とせるのではないかと筆者には考えられる。そうなると、法定外福利費全体は対現金給与比で3.5%程度となり、それ以外の「ハコもの」を当たり構わず圧縮すれば3%を切るくらいまではいけるかもしれないと推測される。

一方で、先に見た「育児」「家族」「健康」といった新興勢力がどこまで投資対象として評価され、拡大するか、という点だが、これは何とも予測が難しいところである。これまでの投資効果次第と考えられる。たとえば。「育児」であれば、戦力化した女性従業員の継続就労効果であり、何より優秀な女性人材に対する採用力への貢献がどの程度のものかということである。「健康」についても、その予防効果がどの程度のものか、健保の法定料率の改善にまで結びつくほどのものならば、まだまだコストをかけようというモチベーションになる。つまり、投資妙味があるということだ。
また、これらの筆者が「ヒトもの」と総称する新興勢力分野は比較的アウトソーシング化が容易であり、それ以上に地理的制約などを克服できること、専門的な高いサービス品質の導入が可能なこと、など追加的効果からコスト効率を「ハコもの」以上に高めることが期待できる。したがって、「ハコもの」で圧縮されたコストからの振り替えを、制度効率や従業員満足を高めつつ、最小限に抑制できる可能性がある。

さて、こうしてみると法定福利費の上昇に伴う圧力、国際競争力の維持を図ろうとする日本企業の労働単価への神経質な対応などを勘案すると、法定外福利費は引き続き総額の圧縮が継続されることが予測される。つまり、非効率なものを排除しつつ、経営的効果の獲得効率を高める方向での制度編成と制度運営の持続的な変革を求められているといえる。
希望的観測だが、例えば、現金給与の3%程度のコスト水準で、賃金効果に比肩するほどの、独立的な人材採用効果、定着効果、モチベーション効果を確保できることができるとすれば、企業にとって福利厚生は魅力的な投資対象として評価されることは間違いないだろう。このあたりの落ち着き所というか、最適水準がどのあたりなのか、各企業、各労使にとって判断の異なるところであろう。しかし、コストと効果の両面から投資効率の改善、向上を目指し、強い体質をもった福利厚生への変革が求められていることだけは確かではなかろうか。