イーウェル福利厚生研究所 企業戦略研究会 座長
山梨大学 教育人間科学部教授 西久保浩二

ようやく、消費税にもメドがつきそうな気配で、弱体化するわが国の社会保障制度にも、薄明かり程度は見えてきたと思ってよいのだろうか。

不毛な議論ばかりで、成すべき事を成さずに何年も無為に時間を浪費して、ようやく財源の健全化に一歩、動き出したわけである。もちろん、未だ全く不十分なものではあるが。

日本には長寿を祝する言葉が数多く根付いている。還暦、古希、喜寿、米寿、鶴は千年、亀は万年といったぐあいに、長生きをめでたき事として祝事がなされてきた。

しかし、近年、長寿であることがイコール幸福とはならない時代に、いよいよなろうとしているのではなかろうか。幸福でありたいはずの長寿の時期に、十分な年金も手にできず生活費に追われ、貧困に苦しむ可能性が高まってきている。

安心して老後生活を送るためには、それ相応の経済的基盤が欠かせないが、その実現が若い世代になるほどに困難になりつつある。今回は、勤労者がいずれ遭遇する可能性が高いこの経済面での長寿リスクについて、実態データを元に改めて考えてみたいと思う。


まず、以前にも紹介したことがあるが、現在の家計における金融資産について、貯蓄広報中央委員会が毎年実施している「家計の金融行動に関する世論調査*1」の最新の2011年までの調査から見てみる。特に、金融資産「非保有」と「非貯蓄」の動向に着目する(図表1)。前者の金融資産を全く保有しない家計比率は年々増加してきており、最新時点で調査標本全体の28.6%にまで達している。この値は前年の22.3%から大きく伸び、当調査開始以来の最大値となったものである。また、1年間に全く貯蓄をしなかった層は比較的安定的に推移しているが20.3%となっている。金融資産の非保有率は10年前(2002年)には16.7%、1996では7.9%に過ぎなかったのである。この間の家計の健全性の悪化が著しく進んできていることがわかる。

図表1 金融資産非保有世帯/非貯蓄比率

図表1 金融資産非保有世帯/非貯蓄比率

長寿リスクとして、高齢期での生活費準備という観点から、金融資産非保有の実態ももう少し詳しく見てみる。前年の2010年時点の同調査から年代別・世帯年収別での非保有比率を示したものが図表2である。例えば、リタイア直前の50歳代、60歳代での実態を見ると驚かされる。50歳代の年収が「300-500万円未満」層での非保有率は30.3%で、年代別ではピークとなる。「500-750万円未満」層であっても16.7%が非保有である。60歳代時点を見ても、それぞれ15.5%、13.5%が非保有である。これらの非保有層では、長い老後生活を考えると不安は拭えないのではなかろうか。

図表2 年代別・年収別 金融資産の非保有率

図表2 年代別・年収別 金融資産の非保有率

ちなみに、平成21年簡易生命表によれば、リタイア想定時点での平均余命は、男性が60歳で22.9年、65歳で18.9年である。女性では、同時点でそれぞれ28.5年、24.0年となる。そして、平成21年全国消費実態調査における高齢者無職世帯(二人以上の世帯)での1世帯当たり1か月間の家計収支をみると、消費支出と税金などの非消費支出を合わせた実支出は271千円であった。単純にこの生活費水準で、男性の余命ベースでのリタイア後の生活費総額を計算すると、6,146万円(65歳)、7,447万円(60歳)を要することになる。女性で計算すると、7,804万円(65歳)、9,268万円(60歳)とさらに多額となる。60歳時点で家計での金融資産が全く無いとなれば、公的年金と、勤労者ならば企業による退職給付に頼るしかないわけだが、ともかく、現在の高齢者家計のような生活水準を維持することは困難となるだろう。現在の高齢者世帯は平均値で約2,300万円の金融資産を保有しているのであり、家計収支の赤字を補填する形で生活している。


勤労者に関しては、こうした資産形成力の格差をもたらしている最大の要因は賃金格差である。平成23年賃金構造基本統計調査(全国)による産業別・企業規模別の賃金格差の一部を図表3に示している。

この調査における「賃金」は平成23年6月分の給与額で、すべて平均所定内給与額(全年齢・男女計)である。主要産業・規模別での統計値で格差を比較し、順序づけしてみた(高賃金順)。最高額が「金融業,保険業かつ大企業」で508.5千円となり、最低額が「宿泊業,飲食サービス業かつ小企業」で251.4千円であった。2倍程度の大きな格差がある。また、総体的に見ると、ここでの3区分の企業規模による格差よりも、産業間での格差の方が著しい傾向にあることがわかる。

図表3 産業別・規模別 平均賃金の格差

図表2 年代別・年収別 金融資産の非保有率

資産形成期である現役期の生活費だが、平成23年4月の人事院の標準生計費は、4人世帯で224,520円である。この標準生計費と先の平均賃金統計値を元に、貯蓄余力(両者の差額)を計算してみた。もちろん、所得水準によって実際の生活費水準も違ってくるのだが、ここではあえて同一額を使用して試算する。これが高所得層にとっての節約可能下限値に近いとも考えられるからだ。また、実際には月例賃金に代表される恒常的な所得以外にも、賞与、相続収入、贈与、資産売却益など、一時的な収入も存在する。当然、これらの一時所得も資産形成力の重要な要素となるが、ここではそうした一時所得を考慮せずに試算を行ってみる。全ての従業員にそれらの一時所得の機会があるとは限らないからである。

計算結果では、先の賃金の最高額の「金融業・保険業かつ大企業」では、月額28.3万円の貯蓄が可能であり、最低額の「宿泊業・飲食サービス業かつ小企業」では、2.7万円でしかない。所得格差はほぼ2倍であったが、この貯蓄余力格差は実に10.5倍と大きく拡がる。さらに、単純に40年間の勤務で運用金利ゼロとして累積額を算出してみると、前者が約1.36億円で、後者が1,290万円となり、両者の差額は一億円を上回ることになる。後者では、都市部での居住用不動産の取得も困難であろう。

このような試算結果を見ると、長寿による経済的リスクの回避を考えるとき、従業員自身が勤務する業種・規模での生涯賃金を想定することが重要であることがわかる。資産形成の難易度は一様ではないのである。大きな賃金格差が存在するためである。


賃金格差という点でひとつ忘れてはならない新しい傾向がある。近年の賃金実態研究(齋藤・河野(2010))等によれば、近年の賃金格差の動きは、先に示した企業間格差(産業間・規模間)よりも、企業内格差が明確な拡大傾向にある。この原因は、成果能力主義の浸透に伴う個別評価の差による賃金・賞与の差額が拡大しているためであると考えられる。このことは、平均賃金が高水準の企業に勤務していたとしても、賃金水準の分散が大きくなっており、評価次第では貯蓄余力が大きく減殺されることになりかねない。一般論だが、高賃金業種ほど成果能力主義の浸透が進んでいるとも考えられ、高賃金業種だからといって安穏としていられるわけではないともいえる。つまり、成果主義によって所得の不確実性が高まっており、このようなリスクも考慮しながら、個々人が戦略的に自身の長寿リスクの回避を計画的に図ってゆくことが必要となっている。


さて、このように資産形成が困難な時代を迎えようとしていることを、今の若い世代の従業員たちはどれほど自覚しているのだろうか。確かに、貯蓄好きで、手作り弁当など節約生活に関心が高いといったメディア的な情報はあるが、どれだけ長期的な観点から、計画的にこの問題を捉えているだろうか。

一方、現在は企業側もコストのかかる財産形成支援には、積極的に関与しなくなってきているようだ(下図)。となれば、従業員自身が本当の意味で、自律的に対処しなければならないという話になるわけだが...。その時になって、どれだけの層が自信をもって老後を迎えることができるのだろうか。心配なかぎりである。


図表2 年代別・年収別 金融資産の非保有率

平成21年就労条件総合調査より抜粋

以上、退職後の老後の生活資金をいかにして確保するか、という経済面での長寿リスクの可能性について、現状での金融資産形成の動きをもとに検討してみた。現役時期での金融資産の非保有世帯が確実に増えているとおり、貯蓄余力を後退させた家計が増えていることがわかる。また、実質賃金の上昇も見込めないだけではなく、かつて技術力で一世を風靡していた大手電機メーカーが、ひとつのグローバル戦略上の判断ミスによって、数千人規模のリストラに迫られる状況に陥っているように、長期雇用に対する不安も付きまとっている。また、給付面では頼りにしたい公的年金だが、一方で、現役期での今後の社会保険料負担の上昇が確実視されており、さらに家計の貯蓄余力を奪うことも確実視される。


ともかく、こうした厳しい経済環境、運用環境のなかで、長寿によって長くなった老後生活を安心して暮らせるに十分な金融資産を確保することは困難になりつつある。かつては、年功賃金と終身雇用の下で、容易に老後資産形成の基本形をつくることができた。勤務先企業でも確定給付型の退職年金や一時金を提供することで、より豊かな老後生活を後押しすることもできた。企業を無事定年まで勤め上げることさえできれば、老後に貧困に直面するようなリスクは少なかった。しかし、今、様々な危険因子に取り巻かれる中、安心して暮らせる老後生活を確保するには、若い時期からの計画的、そして個々の置かれた状況を踏まえた環境適応的な資産形成行動が必要となってきている。戦略的な資産形成が求められる時代を迎えている。