イーウェル福利厚生研究所 企業戦略研究会 座長
山梨大学 教育人間科学部教授 西久保浩二

この季節(2月末頃)になると、やっと4年生の卒論提出と発表会も終わり一段落している。
入試関係はまだまだ続くのだが、ともかく、ゼミの4年生が全員無事社会人として飛び立てることになり、ひとまずは、メデタシ、メデタシ、という時期である。

私のゼミは、毎週内外の経営学関連の論文を読んで、毎週1人1人にその発表をさせて、全員でディスカッションをするという方式で運営している。多様なテーマ、多様な研究者に触れるには最適な方式で、5、6人の全員が毎週自分と他のメンバーの発表を聞いて討議をするので、短期間に集中的に学べる。慣れないうちは負荷がキツくてへこたれそうになる学生も時々でるが、そこはそれ、It’s none of my business、「ゼミ生の苦しみは、先生の喜び!」と、いつも早めに断言して突き放し、強制的にやってもらっている。

で、前置きが長くなったのだが、その毎週やっている論文購読ゼミで昨年末、4年生のひとりが実に面白い論文を読んで報告してくれた。
これが福利厚生の本質にも大いに関わる研究なのである。
どこかでチャンスがあれば福利厚生の世界の方々に紹介したいと思っていた。今回は良い機会なので、当欄でその論文について簡単に紹介しながら、いろいろと考えてみたい。
予備知識は特に必要のないわかりやすいものなのでご安心を。




その論文は、「The Currency of Reciprocity: Gift-Exchange in the Workplace」というタイトルで、チューリッヒ大学の研究者数人(Sebastian Kube 他)によって2008年にまとめられたものである。分野的には経営学というよりも経済学に近いものであって、あまり聞き慣れない分野だが、実験経済学とも呼ばれる実証実験を重視する流派のものらしい。
この論文がわが国に紹介されたのは最近で、「日本労働経済雑誌」の621号(2012)に大阪大学大学院の森知晴氏が簡単な書評を行っている。その書評のタイトルには「何を与えれば、人はより働くのか?-フィールド実験による検証」と記されている。筆者も早速、原文を入手できたのでゼミ生に読んでもらったのである。

原論文よりも書評タイトルが内容をよく表しているが、要するに労働の対価として、つまり、報酬として何を提供することが効果的か、というテーマについて、ユニークな実証実験を行った結果を紹介した論文なのである。
要約文には「Which cash and non-monetary gifts effect workers’ productivity.」と書かれていて、cash(金銭的報酬)と、non-monetary gifts(非金銭的報酬)を比較対象とした点が面白い。

何を面白がっているかというと、この二者比較をみると、私には「賃金」と「福利厚生」の比較として理解できたからである。報酬として、賃金と福利厚生、どちらが有効か、という論点が検討されたとしか思えない。

論文の内容全体を紹介するには紙幅が足りないので、ごくエッセンスだけを紹介したいと思う。
この論文では、「非金銭的報酬」に着目し、それに対置するものとして「金銭的報酬」、すなわち、お金をそのまま渡すこととの比較を行った。非金銭的報酬としては,景品や金券といった物質的なものや表彰などの象徴的なもの,さらには休暇・地位・評価など様々な形があるとしているが、この実験では、モノ、つまり物質的な報酬を取り上げている。このモノが何かというと、なぜだか「Bottle(魔法瓶)」である(?)。何か特段の意味や影響があるものを避けた結果のようである。最近、スタバの珈琲をMy魔法瓶に入れてもらうヒト、いますよね。そうそう、安倍総理も国会審議のときにMy魔法瓶をお使いになっていて、ネットでも色々と話題になっていましたね。ともかく、必需品ではないが、もうひとつあっても生活に役立つものといったところだと思う。



実験は、ドイツの大学での蔵書目録作成作業で行われた。作業内容は、本の著者名、タイトル、出版社、刊行年、ISBN などの情報のデータベースへの入力である。被験者は大学生から公募され、作業内容と時給(12ユーロ)、労働時間(3 時間)、また、一回限りの仕事であることが提示される。これは、継続雇用の期待感の影響を排除するためである。

応募者の中から無作為で被験者が決定される。作業は1 日あたり6 人、午前と午後で各3 人ずつが行う。3 人はそれぞれ別の部屋で作業を行い、集合時間が少しずつずらされていて、互いの存在を知ることはない。作業は1 人だけで行う。これは、ピア効果や監視の影響などを排除するためである。ピア効果というのは、教育心理学で「ピア・グループ効果(peer group effect)」とも呼ばれ、一緒に教育を受けるグループの特性が教育成果に及ぼす影響である。いわゆる「朱に交われば赤くなる」的な効果といってよい。友人効果、同輩効果、同級生効果などとも呼ばれる。これを排除したいのである。
最終的には,139 人の被験者が慎重に選別され、以下の報酬条件を設定して6グループが設定された。



 ①Base(基本条件) → 募集時の予告通り時給12ユーロだけを支払う(総額36ユーロ)。
 ②Money  → 7 ユーロを追加的に上乗せして支払う。
 ③Bottle   → 魔法瓶(7 ユーロ相当だが,金額は知らせない)を追加報酬として与える
 ④PriceTag → 魔法瓶(7 ユーロ相当で,値段のタグがついている)を追加報酬として与える
 ⑤Choice  → 7 ユーロと魔法瓶のいずれかを被験者が選択できる
 ⑥Origami  → シャツの形に折られた5 ユーロ紙幣+2 ユーロ硬貨を追加報酬として与える



やや複雑な条件設定のようにも見えるが、要するに追加条件として「金銭的報酬/②⑥」と「非金銭報酬/③④」、および両者が選択できる⑤という3条件と、ベースライン(①)が比較され、どの追加条件が最も生産性の向上に寄与するかが統計的に検証される。

①以外の追加条件は、いずれも7ユーロの経済的価値が同価である。金銭か、非金銭(モノ)かの違いでしかない。もし、ベースラインからの生産性の向上があるとすれば、②から⑥は同程度の向上となるはずであることが仮定されている。尚、この実験作業での「生産性」は、入力文字数によって測定される。また、いずれの追加条件も作業開始前に伝えられた。募集時に時給12ユーロ(総額36ユーロ)と知らされていたのに、作業開始直前に追加的な報酬(金銭/非金銭)の話を聞いて、どれくらい「頑張ろう!」と反応するのかを見ようとしているわけである。

さて、どのような結果になったのだろうか。興味津々でしょう。


まず、実験開始からの30分単位での生産性(文字入力数)の推移の結果は、図1のグラフに示すとおりとなった。追加報酬のない基本グループ(Base)に比べて、「Money(現金7ユーロ追加)」、「Bottle(魔法瓶あげる/お値段不明)」、「Price Tag(魔法瓶あげる/お値段明示」のいずれもが、180分間の最終的な生産性は高くなった。ただし、現金だけの「Money」では、5%程度の生産性の向上しか実現できていない。総額36ユーロの基本給に7ユーロの上乗せ支給は19%の人件費増加であるのに、その程度の生産性の向上ではとてもペイしない。つまり、現金だけの単純な上乗せ報酬は、生産性向上にはあまり効果的な刺激策ではない。統計的に検証しても信頼性のある差異ではなかった。

一方、魔法瓶というモノ(現物給付)を上乗せした「Bottle」グループでは作業開始早々から高い生産性を示し、最終的には25%も高くなった。この魔法瓶の現物の写真などが論文には出ていないので、どの程度魅力ある商品かはわからないのだが、森氏の解釈によれば、被験者が高価なものと判断したのではないかと述べている。
また、この魔法瓶が7ユーロの価格ものだと明示した「Price Tag」グループでは、21%の生産性向上となった。現金だけの追加と同価と理解するグループでも、現金だけのグループよりも高い生産性の向上効果が観測された。
要するに、現金よりも現物による追加報酬の方が生産性向上への寄与度が高い、という結果となったわけである。



図1 作業と生産性の推移

図1 作業と生産性の推移

原論文 Figure 1: # Characters Entered per Time Interval by Treatmentより



その他のグループの結果も含めて、生産性向上効果の一覧にしたものが図2である。
公募時の賃金だけのベースラインを100として、他のグループの生産性向上の効果を指標化してみた。
実に興味深い結果が出ている。

まず、現金(7ユーロ)と魔法瓶のどちらかを自由に選択できるという条件の「Choice」でも、25%の向上となった。ちなみに、このグループ内の八割のメンバーが現金を選択している。この結果からひとつ言えることは、ドイツ人の学生が特に魔法瓶が好きだ、という訳ではないようだ。
「現金と現物の選択ができる」「現物が用意されている」ということ自体が効果を高めているようである。なかなか意味深い、面白い結果である。

一番面白い結果が「Origami(折り紙)」であろうか。不思議なことに、このグループは一番効果のなかった「Money」グループと、全く同じ金額の現金という報酬を得ているのである。それなのに、渡すお金を5 ユーロ紙幣をシャツの形に折り紙にして、残りの2 ユーロを硬貨で渡すという手間暇をかけただけなのである。それなのに、31%という実験グループの中で、一番大きな生産性向上の効果を出したのである。どうも異文化なので、「シャツの折り紙」がどういう意味を持つか、いまいちニュアンスが伝わらないのだが、「がんばってください!」とかいうメッセージ性を含んでいるのだろうか。わからないところではあるが、少なくとも「折り紙を折った」という手間暇がかけられていることは、被験者には伝わったのではなかろうか。



図2 実験結果のまとめ

図2 実験結果のまとめ


さて、ごく簡単に、しかも論文の一部だけを紹介することになったがご理解いただけただろうか。
この研究者たちがやろうとしたこと、何が結論として得られたか、という点についてはお分かりいただけたのではないだろうか。
少し整理をさせていただくと...
ともかく、単純に現金だけを上乗せしても、労働者はあまり頑張ろうとしないこと。これは明らかになった。そして、何らかのモノ(物財)をインセンティブとして提供した方が、ガンバリ効果は高くなること。これも確認できた。

「さらに、「モノとカネが選択できる」という状態も、高い効果が見られた。実際に、現金の方を追加報酬として選択しても、単純な現金上乗せよりもずっと効果が高くなる。
そして、「紙幣を折り紙に折る」という発注者側の手間暇がかけられたことが最も生産性を高めた。この手間暇という点が、魔法瓶を事前に買って用意する、ということと同じなのかもしれない。その、手間暇をかけてくれたことに対して、労働者は「がんばって入力する」という行動でお返しをしたのであろうか。


ところで、原論文タイトルにあった「Gift-Exchange」とは、直訳すれば、プレゼント交換ということになるが、この分野の研究の文脈から訳すと「互酬性(reciprocity)」を意味している。
つまり、追加報酬というプレゼントに対して、従業員が「もっと頑張って働く」というプレゼントをお返しするという、相互の交換的な関係性である。もう少しわかりやすくいうと、何かをしてもらったら、何かをお返しをするという返報性である。何をプレゼント(金銭 or 非金銭≒手間暇)すれば、より多くのプレゼントのお返し(ここでは生産性の向上)が得られるのか、という問題である。
労働者の返報性心理の本質を垣間見ることができたように思われる。
読者の皆様は、この実験結果から何を感じ取ることができただろうか。




デフレ脱却を目指す政府が、経済団体に賃上げを要請するという異例の事態のなかで、今回の二者比較は重要な意味を持つようにも思われる。
つまり、一時金(賞与)で、文字通り、一時的な金銭的報酬を増やすことがよいのか、あるいは、従業員の働きやすさや不安解消を長期的に支援するような有効な福利厚生の拡充を行う方がよいのか。「よいのか」というのは、“生き金”となるか、という意味である。

もし、従業員のパフォーマンス向上には、金銭よりも何らかの非金銭給付、例えば、託児施設や介護支援といった「手間暇をかけた」制度・施策の方が効果的であるとするならば、福利厚生の存在価値を改めて考えてもよいのではなかろうか。


それにしても改めて思うのは、働くヒト(従業員)のことを思って、何ができるか、何をやれば良いのか、と色々と悩んで制度・施策を設計したり、改善、運営すること、その手間暇そのものが、従業員に伝わることが、経営的な効果を高めることになるという本質である。

担当者諸兄、大いに悩んで、悩むことを怖れずに頑張ってくださいね。



参考文献
Sebastian Kube, Michel André Maréchal, and Clemens Puppe “The Currency of Reciprocity: Gift-Exchange in the Workplace,” American Economic Review, forthcoming
森知晴(2012)「論文 Today 何を与えれば,人はより働くのか?──フィールド実験による検証」、日本労働研究雑誌 No621 2012.3.25 日本労働研究雑誌