イーウェル総合研究所 企業戦略研究会 座長
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授 西久保浩二

 台風一過の今日、山梨は見事な秋晴れの晴天となった。
 筆者の研究室は4階の最上階にあるため、窓からきれいな富士山がよく見えている。本年、平成25年6月の第37回世界遺産委員会において世界遺産(文化遺産)に登録されてからは、不思議なもので、より一層なにやら神々しく、有り難く感じます。グローバルの評価とはすごいものである。
 一方、今月8日には、東京での56年ぶりの夏季オリンピック開催も決定した。
 決定当日、是非とも生でその瞬間をテレビ視聴しようと身構えていたが、ワインのせいか不覚にも眠ってしまい、決定後15分後にネットニュースで知ることとなってしまった。いやはや、残念...だが、ともかく嬉しかった。まだ、熟睡中の子供たちを無理矢理叩き起こしてしまった。ずいぶん迷惑そうだったが、オヤジに起こされて眠い目で見たその瞬間のテレビ映像を一生覚えているかもしれないからね。

 バブル崩壊以降、リーマン・ショックがあり、そして震災や原発災害など、長く沈滞した暗いムードがわが国に漂っていたが、この二つのビックイベントのおかげで、気分はすっかり今日の秋晴れのような爽快な気分にしてくれた。空気というか、確かに流れが変わったようである。
 もちろん、少子高齢化やグローバル化など、わが国が、そして日本企業が直面する厳しい環境は変わらず続いているが、明るい気分になれば、困難にもなんとか立ち向かい乗り越えられそうな気になってくるから不思議なものである。

 さて、こうした好転機を投影するように、労働市場では雇用環境改善が目に見えて進んできている。足下の7月時点で完全失業率は3.8%、完全失業者255万人にまで減少してきている。ピーク時の359万人から100万人以上の改善がみられたことになる。失業せず、職を得て自立できた人が100万人も増えたことを喜びたい。

図1 完全失業率・完全失業者の推移


 また、有効求人倍率での平成25年7月の数値をみると、有効求人倍率(季節調整値)は0.94倍となり、前月を0.02ポイント上回り、いよいよ1倍に迫りつつある。新規求人倍率(季節調整値)についても改善傾向にあって1.46倍となり、正社員有効求人倍率では0.54倍となって前年同月を0.07ポイント上回っている。いよいよ、雇用機会が非正社員だけではなく、正社員にも戻りつつあるようだ。
 新規求人倍率は産業別にみても興味深い。やはり、グローバル化の影響か、国内産業に改善が顕著で、サービス業(他に分類されないもの)(19.6%増)、生活関連サービス業、娯楽業(17.0%増)、建設業(16.7%増)などが大幅な増加となっている。海外生産という選択肢を有する製造業では、急速な雇用改善ままだ見られていない。先の富士山や東京五輪などで観光産業の発展が期待されており、さらに国内での労働需要の回復が見込まれるだろう。

図2 有効求人倍率等の推移


 また、図表3は大卒求人倍率の推移を企業規模別にみたものである。
 ここで注目したいのは「1000人以上」の大企業層の動きである。2010年卒業者で0.55倍という厳しい数値で底を打って以来、徐々にではあるが回復基調が明確になりつつある。特に、直近の2013年卒業者では、0.73倍にまで回復した。この値は近年では最高水準といってよい。採用総数そのものも上場企業では対前年で、一割近く増していることなどが報道されており、学生達にとってもようやく長かった氷河期を抜け出せそうな気配である。
 大学人としては、この指標の改善が一番うれしいところである。新卒社員の近年の早期離職傾向の背景にあるのは、困難な就職活動の中で「とりあえず、どこでも」という感覚で自身の進路希望を妥協して入社するケースが多かったからだとも言われている。いわゆるミスマッチ現象である。就職環境の改善はこうした不況期に発生しやすいミスマッチを減らすことにもなろう。もっとも、相当数のミスマッチ感覚をもった若手社員をすでに内包していることを考えると、好況となれば、彼らのミスマッチ修正志向の転職行動が活発化する可能性も高いとも考えられる。

図3 大卒求人倍率等の推移


 今回紹介した労働市場関係の直近での調査値は、冒頭の富士山効果や、オリンピック効果はまったく織り込んでいない数値であることもワクワク感を高める嬉しい点である。二つのビッグ・イベント効果が労働市場にまで届く頃には、本格的な景気回復となるのであろうか。大いに期待したい。バブル崩壊からリーマン・ショック、震災ショックと続き二十数年という長く辛い時代を過ごした日本でも、そろそろ雇用の“倍返し”といきたいところである。

 さて、こうした労働市場での明るい兆しが日に日に確実なものとなりつつある中で、企業としてはどのような対応を考え始めなければならないだろうか。
 この経済回復の流れが、90年代末期のバブル絶頂期のような過熱した状態にまで進むとは考えづらいが、労働市場の基調が転換する可能性は高いと考えられる。すなわち、買い手基調から売り手基調への転換である。この転換に対しては、企業側にもある種の意識改革、メンタルモデルの入れ替えが求められてくる。長く続いた買い手基調、企業が主導できる立場での労働市場に対峙してきた発想に慣れてしまっていると、思わぬしっぺ返しを経験するような企業も出てくるように思う。

 たとえば、巷間、騒がしい「ブラック企業」と呼ばれる企業に共通してみられる人的資源管理の発想などはもはや通用しないだろう。すなわち、「大量採用・大量離職を人材選抜システム」と位置づけるような安易な発想である。数年前、ある大量採用を行っていたメガバンクの経営層のひとりが筆者に「(新卒入社の)半分、残ればいい。それが使える、当行に必要な人材です」と発言したことがあって呆れた記憶があるが、まさに人材戦略として巧妙な対応を行っていた。こうした企業は、人材輩出企業ならぬ人材“排出”企業などとも揶揄されるように、長く企業成長を支える中核人材を、着実に育成し蓄積することができるはずがない。単にカリスマ経営者の求心力や企業ブランドに依存し、それらを盲目的に信奉することによる高いモチベーションで成長しているようにも思われる。そのような成長エンジンは少なくとも、短期的なものとなってしまうだろう。最近、就職指導をしていると、学生達のブラック企業への警戒感は非常に強いことを実感する。ネット世代の彼らは、こうしたリスク情報をいち早く得ているのである。優秀な人材から敬遠されるブラック企業が安定的な成長を続けるは難しい。
 ブラック企業という極端な存在は長い不況期、沈滞期が生み出した一過性の奇形企業であるとしても、多くの人事部門が買い手基調と労働力の過剰感のなかで、無意識のうちに大切な「人材育成」や「チーム力の育成」を疎かにしてこなかっただろうか。
 今回のオリンピック招致活動チームや、ロンドン五輪の水泳チーム、あるいはJAL再生などのケースに象徴されるように、日本人という人材の強みは、「チームとしての団結力」という形態を通じて最大限に発揮されるようである。ポテンシャル(潜在力)としての人的資源を戦力として、そして企業の競争力として顕在化、結実させるには、多様な人材間での協力的な相互作用が不可欠なのである。つくづく強い農耕民族のDNAを持った人材なのであろう。

 いずれにしても、高度なチーム力を実現するめたには、長く企業内に定着してメンバー間での相互理解や使命感の共有、一体感の醸成ができる環境整備が求められてくる。
 「ブラック企業」という不況と歪なグローバル化の産物ともいうべき存在の対局にあるのは、言うまでもなく「社員を大切にする企業」である。グローバル化と少子高齢化、人口減少が進行するこの厳しい時代に適合できる、新しい意味での「社員を大切にする」とは何かを目的とし、どういう実体を実現すべきなのか。企業にどのような行動が求められるのかを追求しなければならないだろう。そして、そのときに福利厚生にも新たな貢献のあり方が求められてくることになるだろう。