イーウェル総合研究所 企業戦略研究会 座長
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授 西久保浩二

 景気後退期が長くつづいてしまったことからか、買い手主導の労働市場を背景に、従業員を酷使して過労死やメンタル不全、早期大量離職といった職場病理を蔓延させながらも企業成長を優先する“ブラック企業”がずいぶんと耳目を集めた。ネットでも、ブラック企業表彰といったシニカルな動きも始まったこともあって、メディアだけでなく政府までその対応に乗り出さざるを得ない動きとなった。
 しかし、アベノミクスを契機として経済が好転するなかで、大きく流れが変わりはじめた。象徴的な出来事として、アルバイト社員に深夜の単独店長業務を求めた大手外食チェーンが人手不足から新規出店はおろか、既存店の休業、閉店に追い込まれるような事態に陥っている。長く続いた買い手主導の労働市場からの潮目というか、その大きな変化を見誤ったということでもあるだろう。こうした労働市場の転換を受けてか、非正社員から正社員への転換制度を発表するサービス産業、飲食産業も急に目立ってきている。先のような人手不足によって事業運営に支障をきたすような経営危機を回避したいという企業心理の顕著な現れであろう。しかし、単に非正社員を正社員にすれば、それで全て解決という訳ではないだろう。
 いずれにしても「人手不足」という経営上のリスクが国内企業にとって深刻な問題であり、それが長期的な経営問題として、現実味を帯びてきたのではなかろうか。
 こうした状況変化の中でまずは、先のブラック企業などと労働市場で名指しされた企業にとっては、今や戦々恐々といった気分ではなかろうか。そのような労働市場での悪評は単なる需給関係からくる人手不足ではなく、労働者の選好行動による「回避」という側面が強いため、一定期間改善が望めなくなる危険性が高いからである。また、当然のことだが、労働者は消費者としての顔を併せ持つために、職場原因の悪評がサービス業や小売業、飲食業等では不買による販売減といった労務問題を逸脱して、本業への深刻な悪影響が起こる可能性も指摘されている。今日、「評判を失ったときのコスト(reputation risk)」は、取り返しのつかないほど大きなものとなる危険性を含んでいるのである。

 いずれにしても、企業にとって改めて大切なステークホルダーとしての労働者、従業員との関係を良好に保つことの必然性、重要性を再認識すべき時機にあるように筆者は感じている。あえて換言すれば、“ブラック企業”などという長期不況から発生した歪んだ産物に対置させるべき新しい企業像とは何なのか。企業の生存・成長と共存しながら、従業員生活との間に良好な両立関係を保ち、さらには相互的な貢献関係を構築することで競争力を高める経営とは何か。また、そのための新しい人的資源管理のあり方を再考しなければならないのではないかと思う。
 いずれにしても、近年の労働市場での需給関係の変化、労働者からみた改善が今後、労使関係や賃金水準、そして、採用行動等の人的資源管理などに影響を与えていくことは間違いない。今回は、改めてこの「人手不足」の実態とその意味を様々な角度から検討してみようと思う。

 まず最近の労働統計をみると、労働市場の需給関係の変化は確かに明確に現れてきている。
 最初に失業動向についてだが(図表1)、2009年、2010年と続けて失業率5.1%とピークをつけた後から、改善が始まり、直近の2014年4月には3.6%にまで低下した。失業者実数でも、バブル崩壊後の2002年には359万人、その後、2009年にも336万人にまで達していた数値が、直近では236万人にまで、実に100万人以上、大きく縮小している。明らかに需給関係の改善が始まっていたのである。

図表1 失業の動向

 また、有効求人倍率の動きをみても同様で、ほぼ正社員需要である「パート除く」(契約社員、派遣労働者を含む)でみても、2009年には実に0.47倍にまで極端に落ち込んでいたものが、2014年1月には、1.09倍と1倍を回復し、その後も1倍を維持している。先の人手不足問題で注目されるパート労働市場での有効求人倍率ではさらに顕著で、2013年平均で既に1.24倍となっており、2014年に入ると、1.45倍、1.49倍とかなりの高水準に達している。先の外食産業等における人手不足の苦境の予兆は、かなり以前から始まっていたのである。特に、「パート」と正社員が主流を占める「パート除く」の二つの労働市場での、倍率の格差が縮まってきた点に着目すべきであろう。バブル崩壊直後の時期には、極端に「パート除く」の倍率が低下する一方で、「パート」層では、1.4倍という高い倍率を維持していた。明らかに、正社員から非正社員への雇用構造の転換を図ろうとしていたことがわかる。国内の多くのサービス産業、製造業が非正規化を進めた時代といってよい。

図表2 近年の労働市場の動き

 また、求人倍率については新規大卒市場においても、近年、改善が顕著である。特に、従業員規模「1000人以上」の大企業層で2010年の0.55倍で最下点をつけてから反転している。大学人としては、このような学生の就職状況の改善は嬉しい限りである。特に、大企業志向の強い彼らにとっては、現在の傾向は歓迎されるだろう。この大卒での求人倍率の上昇傾向は、正社員志向の回復を示すものとも受け取れる。一方で、この新規大卒の労働市場での需給関係の変化は、新入社員層をターゲットとした福利厚生施策への注力が生じやすいことが経験則となっている。独身寮の整備や社員食堂のリューアルなど、彼らにアピールできるような魅力ある処遇、職場環境づくりへの動きが活発化することも予見される。

図表3 新規学卒(大学)の求人倍率

 一方、有効求人倍率(パート含む)について地域別、すなわち都道府県別にみてみると、その格差の大きさに驚かされる(図表4)。
 高い倍率を示しているのは「東京」の1.58倍を筆頭に、「愛知」が1.46倍と突出して高い。また、震災復興関連の労働需要の影響と思われる「福島」が1.26倍、「宮城」が1.15倍と高くなっている。おそらく、これらの高倍率の都道府県は需要主導がもたらした高倍率と考えられる。一方で、「福井」「香川」「富山」「石川」といった都道府県では、労働需要が高まったということではなく、加速する人口減少と少子高齢化に伴って、求職者の減少スピードが速まっているために、地元の産業から需要を満たせず高倍率になったのではないかと推測される。
 次に、未だ倍率が1倍をクリアできないばかりか「沖縄」のように0.6倍台と低い水準にある都道府県も少なくない。「埼玉」「鹿児島」「長崎」なども同様に0.7倍前半となっている。「東京」や「愛知」の半分である。このように、現在の有効求人倍率においては、地域間格差が著しいのである。全国展開を行う企業にとっては、この地域間格差にどう対応するかが問われることになるが、一般に、非正社員では広域での異動・転勤ができないために、格差の影響を吸収することが難しい。このため異動・転勤が可能な正社員志向を高めることになると考えられる。

図表4 都道府県別の有効求人倍率格差

 一方、企業の求人行動において産業間格差が広がっている点にも注目したい。図表5は、平成21年の新規求人数を100として、その後の動きを足下の平成26年1月まで指標化したものだ。左側が概ね正社員需要を示す「パート除く」で、右側が「パート」に対する需要量の動きである。
 まず「パート除く」では、「サービス業(他に分類されないもの)」や「情報通信業」でほぼ二倍に求人数が急増している。しかし、「金融業・保険業」では、むしろ新規求人数が大きく減少している。「パート」においても、格差は顕著で「運輸業・郵便業」「不動産業、物品賃貸業」などで急増している一方で、「複合サービス業」では減少している。また、左右を比べてみると、正社員需要と非正社員需要という観点でも、産業別に大きな違いがあることがわかる。
 こうした産業間での新規求人の格差の背景には、わが国における産業間での成長ライフサイクルの違いが現れていることはいうまでもない。加えて、一般に大企業層が多い産業では新規求人は抑制的で、中小企業では流動性の高さも作用し、すぐに「人手不足」が顕在化して新規求人が加速することになる。

図表5 産業別の新規求人数の推移(21年を100とした試算)
(左図:パート除く/右図:パート)

 さて、様々な角度から「人手不足」の実態や背景について、最近の統計値の下で検討を行ってみた。この検討から、今回の人手不足という経営問題の要因構造が全体的に見えてきたのではないだろうか。
 労働市場の需給関係をみる限りでは、景気回復と震災復興に伴って実質的な労働需要の増加があることは間違いない。特に、労働集約型の成長産業や復興事業関連での需要回復が著しいために、産業間の格差が広がっている。これは、地域別での格差とも連動しており、地域間での格差も同時に発生させているため、「東京」「愛知」などの大都市圏での人手不足感がかなり高まっていると考えられる。
 このような需要増の動きが、長らく続いてきた非正規化(非正社員への雇用シフト)に歯止めをかける可能性を示し始めている。これは、人件費差があったとしても、流動性の高い非正社員より、長期勤続志向をもつ正社員の方が中長期的に安定した労働力を確保できることや、先述のとおり異動・転勤が比較的容易であることから、地域間格差への対応にも優れているためではないかと考えられる。長らく総額人件費の圧縮を最優先に雇用政策を決定してきた企業が、必要な労働力を確保することを労働単価よりも最優先する行動に変わりつつあることを示唆している。
 新規大卒市場の好転などが、その象徴的な動きとして読み取れる。この動きは、非正社員から正社員への登用、転換制度の導入を急ぐ小売業、サービス業の動きとも符合する。加えて、働き方や時間ではなく成果で評価する制度の導入を明記。労働時間規制を適用しない「ホワイトカラー・エグゼンプション」や「女性活用企業に対する優遇・顕彰制度」の導入が産業競争力会議等において推進されており、正社員の働き方・処遇のあり方が見直そうとする流れともつながっていくことになろう。

 「人手不足」問題を、こうした労働需要における変化からみてきたわけだが、忘れてはならないのが供給面である。言うまでも無く、少子高齢化に伴う急速な人口減少過程に入ったわが国では、絶対数としての生産年齢人口の縮小は避けられない。これが、間違いなく、人手不足リスクを長期化させ、深刻化させてゆく最大の要因となる。
 図表6では、近年での生産年齢人口内部での年齢別の量的変化をみているが、総数としての生産年齢人口の縮小が進行するということと同時に、企業の中長期的な採用戦略において着目しなければならないことは、若年人口層の急速な縮小である。例えば、中高卒が含まれる「15-19歳」人口は、平成2年時点では1000万人を超えていたが、平成24年には600万人にまで減少した。新規大卒が該当する「20-24歳」人口も同様に、平成7年の989万人から、平成24年に627万人にまで減っている。この両層を合わせると実に760万人の縮小となる。新卒一括採用を中心的な人材調達方式としてきたわが国の企業にとっては、こうした母集団の急速な縮小への対応が求められることになる。人口構造の動きは一旦動き出すと強い慣性モーメントが働くことから、仮に政府の人口政策が奏功したとしても、当面の間は生産年齢人口の減少は避けられない。

図表6 生産年齢人口内での年齢構造変化

 最後に、改めて個々の企業経営にとっての「人手不足リスク」への対応という観点から、これまでの検討を整理してみよう。
 まず、統計値を読む限りでは、深刻度という点で、大都市圏、労働集約産業、成長産業、中小企業層などの条件が重なるケースほど困難な状況になることが予想される。そこに、冒頭で触れたような「市場での悪評」が加わることになれば、経営を左右するリスクとして厳しい状況に陥る可能性が高まろう。
 もちろん、そうした最悪の状況だけを想定して人材戦略を考えることは必ずしも賢明ではないだろうが、現在の「人手不足」が景気循環に伴う循環性、一過性の現象という側面だけではなく、生産年齢人口の減少と年齢構造変化という長期間での進行が予想される供給問題が底流にあるという認識は必要であろう。つまり、労働市場の需給面では悪化することが基調となるわけである。

 対応策として採用戦略と定着戦略という二つの人材戦略の改善、強化を目指す方向と、もう一つは縮小均衡を受け容れて、事業規模の適正化を図る方向もありうる。
 まず、前者の採用戦略と定着戦略だが、採用源の多様化を進めることが最も重要であろう。外国人採用や雇用延長で確保した高齢労働者層、そして従来は非正社員雇用に流れていた女性労働者など、採用源の多様化を進めたい。採用形態についても、これまでの非正規化の流れを再考しなければならないだろう。正社員と非正社員という二択問題とせずに、両者の中間的な多様なワークスタイル・モデル、処遇モデルを開発しなければならない。
 いずれにしても、採用戦略の再構築が否応なく求められてくるのではなかろうか。また、着目したい点は、アルバイト等の非正社員の人手不足の対症療法として時給の引き上げ策を取る企業が多くみられ、都心部などではかなりの高水準に達している。しかし、このような賃金引き上げ策が必ずしも採用力の強化に繋がっていないことがポイントである。確かに、最近の就活生などを身近に見ていても実感するが、賃金は一定レベルでよく、それよりも「休暇が取れるか」、「残業は多くないか」、「社風がいいか」といった質的な面を重視する傾向が年々強まっている。高賃金よりも「働きやすい」「働き続けやすい」「楽しく働ける」といった評価を高めていかなければ、これからは採用力、定着力を維持することが難しいのではなかろうか。
 後者の事業規模の調整による対応については特に、小売業、飲食業などでは高齢化が深刻な地域で採算性が悪化してきており、人材調達力、調達・維持コストを総合的にみて撤退戦略という経営判断もありうるだろう。もちろん、単純に労働生産性を高めれば良いという考え方もあるが、少人数でのオペレーションを求めてしまうと、かえって「キツい」という悪評を招きかねないので慎重な対応が求められてしまう。

 いずれにしても「人手不足」が、長期的な経営課題として続くとすれば、小手先の弥縫策に終始するのではなく、むしろ良い機会として捉えて、社員という存在に対して、企業としてどのような新たな姿勢をもって向き合うべきか、という基本的な議論を始めてみてはどうだろうか。