イーウェル総合研究所 企業戦略研究会 座長
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授 西久保浩二

 昨年末に最新の福利厚生費調査が日本経団連から発表された。
 実は、筆者は密かに楽しみにしていた調査結果なのである。
 何が楽しみかというと、2007年度の調査以来、法定外福利費は対前年で減少を続け、水面下に落ち込んできたわけだが、アベノミクスの始まりを契機に回復しようとしている日本経済の動きを受けて、また、人手不足の話題がしばし報道されるように労働需給が急速に変わったことなどを背景に、そろそろ水面上に浮上するのではないか、つまり、プラスに転じるのではないか、と大いに期待していたのである。
しかし、わが期待は見事に裏切られて、今回、つまり2013年度調査でも対前年比マイナス1.1%と減少を続けてしまった。予測が外れた逆恨み感もあって何が起きているのか、徒然、考えてみた。

 まず、今回の2013年度調査の詳しい結果をみてみよう(図表1)。
 最初に、法定外福利厚生費の取り巻く他の関連費用をながめてみると…、なんといっても法定福利費の膨張が相変わらず続いていることが目立つ。特に今回は8万円の大台を超えたという点で、ひとつの節目といってよいだろう。従業員1人当たり月額平均値が81,258円である。前年比2.9%と単年度間では大きな上昇である。健康保険、介護保険、厚生年金保険、いずれの保険料率も上昇したためである。特に、前二者(健康・介護)の上昇の影響が大きかった(+5.5%)。この法定福利費の比重は、現金給与に対して14.74%であり、法定、法定外、退職給付費用の総額としての福利厚生関連費用の49.35%となる。そして、法定外福利厚生費の実に3.2倍となる。法定、法定外の両者が逆転したのは1970年度である。それから、45年を経過して大きな較差となっている。わが国の少子高齢化の進行の早さに改めて驚くと同時に、日本企業が社会保障の担い手として関与を深めてきた歴史を実感する。



図表1 2013年度 福利厚生費調査 (日経連調査)



 周知のとおり、事業主の法定福利費負担の膨張は、企業経営、従業員生活の双方に大きな影響を与える。「税・社会保険料のくさび(tax wedge)」という概念をご存じだろうか。これは、企業負担する総労働コストに占める「個人所得税及び社会保険料負担(雇用者負担分及び事業主負担分)」の比率を意味するものである。このくさび(楔=wedge)が拡大すると、企業が雇用を抑制したり、事業所立地に悪影響を与えるものとして警戒したりする。
 つまり、くさび部分が拡大すると、雇用者の報酬に変化がなければ、従業員の手取り賃金(可処分賃金)は目減りする。目減りを解消するめに雇用主は報酬引き上げを迫られる。それに対応すれば結果としては利益を減じ、成長原資が縮小する。あるいは雇用機会の維持や新たな創出に対しても臆病になる。もちろん、従業員にとってもくさびが拡大して使えるお金が減れば生活を圧迫するなど、モチベーションが落ちることも予想される。このように、この厄介なくさびは文字通り、企業と従業員との関係を悪化させ、企業成長を脅かし、労働意欲を後退させることで、最終的には国際競争力を減じることになってくるとされる。
 内閣府が2011年にこのくさびの変化について国際比較を行っているが(図表2)、先進国の中で、近年ではわが国のくさびが突出して拡大していることがわかる。少子高齢化のなかで生じている難しい問題であり、国内の経営環境の厳しさを改めて示している。
 この解決には労働生産性を引き上げ、産業創出や企業競争力を飛躍させるイノベーションの誘発に向け、創造性を刺激する環境をつくるなどの努力を続けていくしかないのであろう。



図表2 税・社会保険料のくさびの変化率(2000年-2009年)



 おっと、忘れてならないのは、この法定福利費の膨張の法定外福利費への影響である。
 現金給与総額に対する両者の比率を1990年から2013年度までプロットしてみた(図表3)。明らかに、法定福利費の比重拡大が、法定外福利厚生費を抑制している様子がわかる。総額人件費管理が進むなかで強い予算制約として法定外福利費を圧迫しており、今後もその制約が強まっていくことが避けられないのである。
 冒頭で述べた小生の期待が裏切られた最大の要因が、この法定福利費の制約の強まりなのである。そして、この制約を超えるだけの法定外福利費に対する需要が、まだ顕在化しなかったということでもあろう。



図表3 法定、法定外との関係(1990-2013)
(対現金給与比率の推移)

日本経団連「福利厚生費調査」より作成



 法定福利費の膨張による影響以外にも、わが国の法定外福利費には他にも縮小要因を内包している点も認識する必要がある。これは近年の基本的なトレンドといってよい。
 それは伝統的福利厚生からの変質であり、象徴的に換言すれば「ハコものからの脱却」である。戦後そして高度成長期に形成されたわが国の福利厚生は、国際比較の観点からも施設付帯型の生活支援施策に傾斜した構造がつくられてきた。社宅・独身寮、給食施設、保養所、運動施設、医療施設等々の「施設」すなわちハコものに多大なコスト負担を続けてきたのである。その中でも特に、「住宅」への偏重は著しいもので、直近の2013年度時点でも、未だ法定外福利費の48.9%を占めている(図表1)。
 しかし、この「住宅」に代表されるハコもの系施策も、バブル崩壊あたりから一貫して縮小傾向を示してきた。固定的コスト負担が大きく、かつ従業員ニーズの多様化などから近年では入居率も低下し、耐震対策等の追加費用負担も発生している。また、従業員間での不公平感も招きやすく、カフェテリアプランなど新方式との相性も悪い。確かに住宅支援の従業員ニーズは存在するが、企業として「住宅」に注力する理由は弱まってきている。他の「衣・食・住・遊」タイプの施設型施策も、単純な生活支援としてはその意義を徐々に失いつつあるものとも考えられる。図表4で確認されるように、当調査でもそれらの施策に対する支出は近年では一貫して実額でも減少してきている。
 このようなわが国の福利厚生制度の構造的な変化が進む中で、総額としての法定外福利費は拡大よりも縮小を基調としているとみるべきである。新たなニーズへの関心の高まりや制度開発が始まらない限り、ハコもの処理に伴って船体としてはスリム化するということである。このこと自体は悪いことではない。福利厚生の体質が変わり、よりコスト・パフォーマンスの高いものへと再生する過程ともみることができるからである。



図表4 施設型施策の後退

日本経団連「福利厚生費調査」より作成



 こうした縮小要因はあるわけだが、一方で今後の法定外福利費の上昇の可能性を示す好材料もある。やはり、なんといっても景気回復の動きである。これまでも景気動向と法定外福利費とは一定の連動性を示してきた。
この連動性を長期スパンでみたものが図表5である。名目GDPの各年度の成長率の推移と、日本経団連調査の法定外福利厚生費の年度ごとの変動率の推移を併置してみた。
 まずは、1961年からの超長期の推移をみているが、全体的な連動性を読みとることができる。特に60年代から70年代あたりの高度成長期では、二桁の経済成長率に合わせて法定外福利厚生費も連年大きく伸びていたことがわかる。この調査での最大の増加率は前年比21.5%で1971年度のことであった。ちなみに、同年度の成長率は21.8%とほぼ同値である。すごい時代だったんですね。
90年代のバブル期で再び上昇するが、バブル崩壊からは成長率は下降の一途を辿ることになるわけだが、法定外福利厚生費は当初、若干の遅効性を見せながらも景気後退が深刻化し、長期化するに連れて短期的な連動性を強めることになる。個々の企業関連指標では業況判断DIとの連動性も強まってきた時期である。つまり、企業が自社の当面の業績動向を予測する過程で、売上や利益の悲観的予想がなされるたびに、法定外福利厚生費は事前対応的なコスト削減の一環として捉えられるようになったのである。
 この景気動向と法定外福利厚生費の変動率の推移に対して、近似線を引いて統計的な評価指標も算出してみた。近似モデルは三次多項式が最も説明力が高くなったが、それは上下の振幅の取り返す景気動向に適したものだからであろうと考えられる。近似線グラフをご覧いただければ一目瞭然だが、よく似た動きを見せており、その点では近時にあってリバウンドの兆候が明らかに出てきている。



図表5 景気動向と福利厚生費(超長期)




 もう少し短期間でリバウンドの動きを抽出したものが図表6である。90年度以降の両者の動きを同様にグラフ化している。近似線の分析では明らかに2009年度頃に大底を打ってから反転している様子がわかる。2009年の成長率のほうは前年から約6%の大幅後退となった時期であり、この法定外福利厚生費の調査値でも-6.2%となって、この調査開始以来の下げ幅を記録している。しかしその後はグラフの動きのとおり、名目成長率は回復してリバウンドする動きに追随して、法定外福利厚生費も水面下ながらも回復傾向を見せ始めてきている。

 

図表6 景気動向と福利厚生費(中長期)



 定性的な様々な情報からも、そろそろ法定外福利厚生費への需要が回復することは十分に予想される。ひとつには、労働市場での需給状況が一部で逼迫しており、一部業界では人手不足が深刻化している。死語ともなっていたかと思われた「人手不足倒産」が報じられたときには驚いた。それほど、急速な需給変化が確実に起こっている。
 先の高度成長期に象徴されるとおり、売り手主導の労働市場では、企業は自社の魅力度を高める必要性を強く認識することになり、その魅力度の表現手法のひとつとして福利厚生の活用を再認識する。特に、新卒市場ではこの傾向が顕著となるが、2015年卒の大卒求人倍率が1.68倍と近年にない高水準となったことからも、彼らをターゲットとした福利厚生施策に対する投資を増加させる可能性は高い。
 80年代後半のバブル期には、商社や不動産大手が豪華独身寮を建設して大いに話題を集めたことが記憶に残っているが、今回の回復期に企業が採用力対策としてどのような福利厚生投資行動を見せるか、興味深いところである。つまり、先の伝統的な福利厚生からの脱却のトレンドの先に、どのような福利厚生に対するビジョンを描くのかが問われているともいえよう。人材を惹き付け、彼らが長く活躍できる企業としての新たな魅力や環境を考えなければならないのであろう。そうした新しい福利厚生の姿を考える一年にしたいものである。

新春に
西久保浩二