イーウェル総合研究所 企業戦略研究会 座長
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授 西久保浩二

 新スケジュールでの就活がスタートし、わがゼミの三年生たち(このコラムの掲載時の4月には四年生)も、慌ただしく高速バスで甲府と新宿の往復を始めている。

 学生を送り出す大学側としては嬉しいことだが、労働市場の需要回復を受けて久々の本格的な売り手市場で、学生達の表情は総じて明るいように感じる。数年前の悲惨な状況とは様変わりである。また、数年前の卒業生からも「大学でわが社の説明会をさせてください」といった個別の依頼も複数件舞い込んできて、今はその対応にも追われており、嬉しい悲鳴ではある。リクルータ制が採用力に不安のあるIT産業、流通業、ベンチャー企業などで復活し、そこでは人事部門が社員総動員での対応を始めているようである。 こうした新規学卒市場の動きだけではなく、労働市場全体での売り手基調が強まっており、求人倍率なども確実に上昇傾向にある。 大学や学生には歓迎すべき状況ではあるのだが、売り手主導の採用市場の中で苦労するのは、言うまでも無く企業、人事部門である。必要な採用数を確保し、事業の維持・成長のための中期的な要員計画を実現するために労働市場からの人材調達力を高める必要に迫られることになる。 現在のような労働市場の転換期には、改めて自社の採用力について客観的に評価することが求められているように思う。それは、長い間の買い手主導のデフレ期には隠されて見えなくなっていた働く人材側の本当のニーズ、その背景にある就労価値観が表出し、就活の行動基準として、そして最終的には企業に対する選択基準として機能する機会が増大するからである。簡単言えば、応募者人材が「入りたい企業に入れる(かもしれない)」と考えるようになったわけで、デブレ期の「取ってくれる企業なら(どこでも)入る」ということではなくなりつつある。もし、自社の採用力が陳腐化していることに気付かず、従来通りの採用活動を続けているとすれば、その効率性と成果が満足できないものとなる可能性が高まることになる。  そこで大事になるのが労働市場にいる応募者側、人材側からの視点での「入りたい企業」とは一体、何か、という話になる。 近年の学生の就活指導の経験からすると、彼らのニーズは時代とともにずいぶんと変わってきているようにも思う。  まず、「変わったなぁ」と感じる点は、職業に就くということへの目的意識の変化である。私たちの世代ならば「(親離れして)経済的に自立する」とか、「会社という組織の中で、認められ、順調に責任ある立場に昇進していきたい」といった目標観念が確かにあったように思う。しかし、最近の学生にはこうした考え方はかなり希薄化しているように感じる。  例えば、本年度の卒業生たちの「就業観」を調べたアンケート(図表1)を見てみると、「出世したい」という昇進意欲をもった学生はほとんど消滅してしまっているといってよい(1.3%)。あるいは「収入さえあればよい」といった経済的動機も2.9%とごく少数派である。彼らは既に企業に入社しているはずの新入社員たちだが、「昇進」や「報酬」だけでは満足させることはできないということを意味している。

 

図表1 最近の学生の就労観

2015年卒マイナビ大学生就職意識調査より作成 (2015年3月卒業見込みの全国大学3年生、大学院1年生 9,705名)

 

 一方で、「個人の生活と仕事を両立させたい」といったワーク・ライフ・バランス志向は、先の「出世したい」の10倍以上の22.8%とはるかに多くなる。 さらには、「楽しく働きたい」という何志向と名付ければよいのかもわからないキーワードがトップに登場している。我ら企業戦士志向が残存していたオヤジ世代からは「仕事を舐めてんのか~(怒!)」としか言えないような驚くべき緩~い就労意識をもつ学生が実に3割を越えている。 これが今の現実であり、市場の変化なのである。

 もう少し、今度は負の側面からも彼らのニーズをみておこう。 同調査では「行きたくない会社」という拒絶要因についても尋ねている。その回答率を高い順に並べたものが図表2である。 ここで最高位となったのは「暗い雰囲気の会社」なるもので36.3%となった。「楽しく働きたい」志向の対極が「暗い」ということなのであろう。 二番目が「ノルマのきつそうな会社」で31.8%、三位が「休日・休暇がとれない(少ない)会社」の25.8%と続く。また、四番目には「仕事の内容が面白くない会社」で、また「面白い」というキーワードが上位に顔を出している。 別の意味で面白い結果と思ったのは「歯車になりそうな会社」が6.9%と最も低位になっている点である。大半の学生が「歯車、歓迎 !」という感覚なのであろうか。う~ん。わからない価値観である。歯車(的仕事)が「楽しくて」「面白い」という…、どんな会社や仕事なのか、意味不明というか、難解きわまる就業ニーズである。

 

同出所

 

 しかし、である。あきれていても採用力は高まらないので、企業としては適応するしかない。学生、応募者のニーズに応えなければならないのである ワーク・ライフ・バランス、そして「楽しい会社」「面白い仕事」が意味するものが何かを突き止めて、自社なりの答えを出すことが求められている。自社の採用力を構成する要素が、こうした学生や人材の欲求に応えられるだけの魅力を備えているかを再点検する必要がある。同時に、組織の中で、そして仕事に就く中での「楽しさ」や「面白さ」とは何か、を彼らに伝えていかなければならないのであろう。 このような現代の学生たちが示す就業ニーズ、「楽しさ」や「面白さ」、さらには「ワーク・ライフ・バランス」といった魅力要素が表出してきたことを、チャンスと捉えていくことが大事なのであろう。

 高い給与水準、充実した福利厚生、早い昇進といった伝統的な就業ニーズ、企業選択基準は、具体的でわかりやすいものだが、実は、企業体力や収益構造、財務的余力などを明確に反映したもので、これらの評価基準では常に上位にする企業や業種が固定されることになるわけである。すなわち、大企業であり、金融保険、総合商社、製薬といった高水準の処遇を提供できる企業群が高い評価を得て、優秀な人材を独占できる採用力を謳歌してしまうことになる。 しかし、「楽しさ」や「面白さ」といった要素が本当に求められてきたとすれば、全ての企業にそれを実現し、比較優位な採用力を発揮できるチャンスが出てきたといえるだろう。だからチャンスなのである。中小企業やいわゆる不人気業種であっても、人気回復のチャンスがある。 これは、企業の人材採用力を決定する本質的部分が変化していることを意味するであろうし、還元すれば、企業間での「採用」の競争が変わろうとしているわけである。高条件企業が優先的に優秀な学生を先取り的に確保し、残った学生を先のような採用力劣位の企業が分け合う、という競争ではなくなるのではないだろうか。 最近、このような、企業と人材との採用市場における関係性の変化の状況を眺めていると、ひとつの有効なアナロジー(類推)が思い浮かぶ。 それは、主に消費財市場においてずっと注目されてきた「ブランディング(Branding)」の考え方である。同市場での持続的な競争優位を得るためには、自社商品のブランド価値をいかに確立し、それを消費者に明確なメッセージとして伝えてゆくことが商品戦略上、最も重要な対応とされてきた。 商品ライフサイクルが短縮化され、無数の類似商品が氾濫する消費財市場で、ともすれば埋没してしまう自社商品を、いかに消費者に気付かせ、何か特色ある存在として際立たせ、一定のセグメントの消費者層の支持を得るか。それが同市場におけるブランディング戦略である。このブランド戦略に成功した企業は決して、大企業ではなくとも、低価格でなくとも、一定の消費者の支持を得て売上を確保し、安定的な経営を実現している。例えば「サッポロ一番」「かんてんパパ」「シーチキン」「SNOWPEAK」といった商品ブランドをご存じの方は多いのではないだろうか。これらを製造販売する企業は、決して大企業ではなく、地方企業もある。それでもブランドは長く消費者に支持されている。 労働市場においても、同様の発想、つまりブランディングの発想が求められてきていると感じている。決して、大企業ではないが高賃金、高福利厚生ではないが「何か魅力を感じる」企業、「応援したいと思う」企業、「自分の価値観やライフスタイルと共鳴できる」企業。こうした多様な魅力を伝えられる企業が出現することが期待されている時代になったのではなかろうか。

 多くの学生たちが反応した「楽しさ」や「面白さ」といったキーワードは、労働市場においても多くの企業が個性あるブランドとして、多様な選択肢として確立してもらいたい、という願いの現れと受け止めるべきなのであろう。

さて、このブランディングをいかに実現するか、福利厚生にとっても新たな課題となるだろう。