イーウェル総合研究所 企業戦略研究会 座長
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授 西久保浩二

1.人材投資としての「健康」の実態

 従業員の健康の維持・向上への関心が高まる中で、企業は福利厚生制度を通じて様々な支援対応を行ってきた。それは、企業からの健康施策の提供と従業員の利用を通して、彼らの良好な健康が維持され、あるいは改善されることで、定着性や労働生産性の維持・向上を期待したものであると考えられる。この点では、健康施策の提供は潜在的な資源としての人的資源を、経営上、有用な人材として活用するための投資であると捉えられる。
 今回は、この人材投資としての健康関連施策への資金投入の側面から福利厚生費の近年の動向を詳しくみてみよう。

 日本経団連の「福利厚生費調査」は、毎年、会員企業を中心に法定外福利厚生費に関する詳細な情報をアンケート方式で採取している。この情報源から、企業の健康支援の実態と経年的な動きを読み取ることができる。

 まず、図表1は、法定外福利厚生費のなかの細目にある「ヘルスケアサポート」および「医療・保健衛生施設運営」が同費用全体の中で、どの程度の比重を占めるものか、その推移を示したものである。前者は、「診療・入院費補助、労働安全衛生法に基づく健康診断費用、法定外健康診断費(人間ドック等)、健康相談費用(セミナー参加費を含む)、医薬品等購入費用」が含まれた項目である。また、後者の、「医療・保健衛生施設運営」には、「病院・診療所・医務室・休養室など施設経費(備品含む)、医師等の人件費、外部委託費(医療施設運営委託費、委託ベッド、メンタルヘルス等の相談業務の委託料など)、工場内の浴場、洗濯施設等の費用」が含まれている。
 いずれも直接的に「健康」に関する福利厚生制度であり、法定外福利厚生費予算の中で、従業員の健康維持・向上を支援するために支出されたものと考えられる。両費用の性格的な違いは、前者は主にサービス(無形財)に関する利用支援や補助であるのに対して、後者は医療・健康に関する施設(有形財)の維持管理費およびそこで従事する関係者の直接的な人件費が中心となることである。

 この二種の健康施策経費の2002年度からの推移をみてみると、金額的に大きい「医療・保健衛生施設運営」が8%程度で変わらず推移していることがわかる。病院・診療所・医務室・休養室など施設は、雇用した関係者もおり、また立地上、地域社会との結びつきなどもあるケースも少なくないため、容易に廃止することは難しい。その結果、この施設維持・運営経費は一定の水準として続いているものと推察される。
 一方で「ヘルスケアサポート」は、文字通り様々な健康に関する啓蒙・推進活動のための支援費用であることから、その活動量の変化や経営層の方針変化等に応じて増減するものである。近年10年程度の期間の動きをみてみると、一貫して上昇傾向にあることがわかる。比重自体は法定外福利厚生費の2%程度から3%台へと決して大きなものではないが、着実に増えていることは間違いないだろう。


図表1 法定外福利費に占める「ヘルスケアサポート」「医療施設等」の比率推移

「福利厚生費調査」日本経団連より筆者作成
*** 集計社数 674社(2013年度)



 この二つの直接的な健康費用以外にも、その全額ではないが一部を「健康関連費用」と位置づけられるものが法定外福利厚生費の中にはいくつかある。
 その一つは「文化・体育・レクレーション活動補助」である。これは文字通りの娯楽的な活動費であるが、近年の制度企画・運営者の目的意識としては、従業員間でのコミュニケーションの活性化や体を動かすことでのストレス解消、メンタルヘルスや生活習慣病の予防施策として位置づけられるケースが一般的である。特に、メンタルヘルスへの有効な予防策として期待されている。
 また、「給食」に関しても、伝統的な位置づけは栄養補給や事業所の立地的に“給食難民”となってしまうことへの支援策として展開されていたが、近年の給食施設への注力においては、ヘルシーメニュー(低カロリー食、低塩分食等)の開発が盛んに進んでおり、食の面からの従業員の健康維持・改善を目指す運営が相当に増えてきている。医食同源という言葉のとおり、食から生活習慣病等の予防を図ろうというわけである。実際に、社員食堂でのIT導入が進んでおり、先進的なケースでは社員個々のカロリー、塩分、脂肪の摂取データが蓄積され、管理栄養士が開発したAIシステムから定期的に食事に関する助言メールが発信されるような対応が行われ始めている。
 さらに「保険」も、医療保険、所得保証保険などに代表されるとおり、健康阻害時の経済的損失を補填する目的をもったものが含まれている。メンタル(精神的)、フィジカル(肉体的)の二面に加えて、第三の健康対応としての経済的な備えと位置づけることもできる。公的医療保険での自己負担割合の上昇や、高度医療へのニーズの高まりなどを受けて、従業員層での健康対応保険、医療費対応保険への関心は高まりつつある。

 この健康関連費用の三者も先の二者に加えて、計五種として推移をみてみた(図表2)。 顕著な上昇傾向を見せているの「文化・体育・レクレーション活動補助」と「保険」である。先の「ヘルスケアサポート」と重なるように同比重水準で着実に増加傾向を見せていることがわかる。
 一方、「給食」については、配分水準は高いが、傾向的には縮小傾向といってよいだろう。2002年度では8.8%を占めていたが、直近の2013年度には7.8%まで減少してきている。これも先の「医療・保健衛生施設運営」で見られた施設型施策の縮小トレンドが反映された動き、すなわち“脱ハコもの”の流れに影響を受けたものであろうか。


図表2 法定外福利費に占める健康関連費用の比率推移

同出所より作成 集計社数 674社



2.従業員の「健康」への関心は?

 福利厚生費への支出としての企業行動の動きは「健康」へのシフトが鮮明に現れていたわけだが、実際の「健康」の当事者としての従業員は「健康」についてどのような意識や行動をみせているのだろうか。気になるところである。

 先の「福利厚生費調査」から、従業員の健康に関する関心行動の動きを読みとることができる。それは、カフェテリアプランを介しての選択行動に表れているからである。
 当調査の標本企業(有効回答企業数)は直近の2013年度調査では、674社であった。その中で、同プランを導入している企業は95社で14.1%の導入率であった。この導入企業については、付与されたポイントがどのようなプラン内制度・施策で使用されたかが採取されている。周知のとおり、カフェテリアプランは従業員の自由な選択が前提となる配分方式であることを勘案すると、このポイントの使われ方が、ある程度、従業員自身の意識、そしてそれが投影された選択行動とみることができるわけである。もちろん、プランメニューの設定者が企業側であることから従業員の選択行動には一定の誘導がなされていることも事実であり、それは勘案する必要はある。

 では、従業員たちの「健康」への関心行動は、カフェテリアプランのポイントを介しての一種の自己投資行動として、どのような動きを見せているのであろうか。
 この同プランの使用費用の項目にも、先とよく似た「ヘルスケア」がある。この項目には「診療・診療費補助(差額ベッド補助含む)法定外健康診断費(人間ドック・生活習慣病検診)、メンタルヘルス等健康相談費用補助、医薬品等購入費用、健康講座参加費補助」が含まれている。まさに、健康のための「治療、施薬などの維持・改善」や、「予防的な相談費用、情報収集費用」などに使おうとしてポイント消化したものである。
 従業員に付与されたポイント費用総額のなかで、この「ヘルスケア」がどの程度の比重を占めているか、その推移をみたものが図表3である。

 グラフの動きが示すとおり、先の企業側の「ヘルスケアサポート」以上に顕著な高まりを見せていることがわかる。2002年度当初が0.7%であったものが、2.2%にまで三倍以上、拡大させている。従業員の健康への関心の高まりがあり、実際にカフェテリアプランを活用して「健康」に投資しようとしていることを如実に示す動きといえるだろう。


図表3 カフェテリアプラン選択費用全体に占める「ヘルスケア」の比率推移

同出所より作成  集計社数 95社



 この従業員の意識、行動の分析においても他の健康関連項目を加えてみてみよう。
 図表4では、上記の「ヘルスケア」に加えて、「文化・体育・レク」と「保険」の動きを比較してみた。両者の健康との関連性については先に解説したとおりである。やや間接的ではあるが、健康の維持・改善、そして事後的な対応力の向上に資するものであろう。

 まず、「文化・体育・レク」の動きは明快である。直近の2013年では、カフェテリアプランで付与されたポイント総額のほぼ三割を活用しており、この傾向は同プラン導入当初から着実に上昇してきた結果であることがわかる。従業員同士での様々なスポーツ活動などが活発化されてきた様子がうかがえる。「保険」についても、同様に上昇傾向にある。さらに詳細な情報はないが、保険内容としては、老後準備のための個人年金保険なども含まれていると考えられるが、一部には医療、所得保証等の健康・医療への備えのための保険が含まれている。


図表4 カフェテリアプラン選択費用全体に占める健康関連費用の比率推移

同出所より作成  集計社数 95社



3.企業支援から従業員の自発的、自立的行動へ

 さて、「福利厚生費調査」から、企業行動としての従業員の「健康」への投資行動と、その当事者たる従業員自身の「健康」への関心行動を表すカフェテリアプランのポイント消化の動きを比較してみてきた。
 「ヘルスケアサポート」と「ヘルスケア」の両者の費目の動きでみられた連動的に上昇傾向している実態にみるとおり、「健康」というテーマが、企業と従業員、両者の関心が重なる領域であることが改めて確認された。

 今回の調査データの分析を行っている過程で、福利厚生の経営的効果に関するひとつの古いケースを思い出した。
 それは、誘導効果あるいは外部性(externality)といわれる効果を解説のケースで、Edward P.Lazear (1998)において紹介されている米国のAUL保険会社の事例である。
 このケースでは、まず企業側が自社の従業員のために自社ビル内に完全装備のヘルスクラブを建設し、その利用に対して手厚い経済的支援策を展開した。それは、クラブの年会費の50%補助を企業側が提供しつづけ、かつ入会金も半額の補助を行というものであった。その結果、AUL社の労働者の25%以上がこのクラブの利用者となったのである。
 当初は、企業として医療保険を使わない健康な従業員を増やすことで、病欠による生産性損失の減少や健康保険料の節約を狙った施策であったわけだが、それまで健康づくりには関心のなかった従業員までもが手厚い支援策の魅力に惹かれてヘルスクラブの活用を始め。ヘルスクラブ費用の一部自己負担し、退社後、パブ(居酒屋)に直行するのではなく、クラブ内で自転車のペダルを漕いで汗を流す、というように、それまでの多くの従業員の退社後の行動パターンを変容させたのである。
 本書では、このケースを企業という経済主体の行動(福利厚生への重点投資)が、他の経済主体である従業員の行動を企業にとって有益な方向に変容させるという「外部経済性」の好事例として紹介されている。自社ビル内に、自社所有のクラブを作ったことによって従業員の時間的コスト(移動時間)が節約され、何より会社との一体感を感じることができた。さらにはクラブ内が同社の従業員ばかりになることで従業員同士の仲間意識(職場外での友好関係)が醸成されるという様々な副次的な経営的効果がもたらされたことも紹介されている。

 健康経営の実現には、企業側だけが熱心に展開するだけでは成しえない。「健康は大切だ」「その大切な健康のため企業が本気で支援する」という企業側からの強いメッセージを制度・施策の導入・展開を通じて発信することが先行的に必要であることは言うまでもないが、さらに重要なことは、そのメッセージを従業員側がしっかりと受け止め、自発的、自立的な行動として「健康」について継続的に取り組み続けることである。そして従業員の自立的な取組みのなかから、さらに企業側に求める支援の内容が新たに発見されてくるものと考えられ、その新たなニーズに企業が的確に応えていくことも大切である。いずれにしても、こうした両者の良好な相互作用が、実質的な効果を生み出すことになるものと考えられる。
 企業と従業員の双方の行動が創発的、有機的に進化していくことで「健康」という価値ある成果を手にすることができるのであろう。


引用出所:Edward P.Lazear (1998)「Personnel Economics for Managers」John Wiley & Sons,Inc New York ( 邦訳『人事と組織の経済学』 日本経済新聞社 pp.425-426)
※「健康経営は」特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標です