イーウェル総合研究所 企業戦略研究会 座長
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授 西久保浩二

 先日のニュースで、有効求人倍率で非正社員が、正社員のそれを上回ったことが大きく報じられていた。また、業種別での同倍率の近年の動きをみると、サービス業、流通業、運輸業、福祉等の第三次産業群の倍率が高まっている。大学新卒市場でも同様で、その傾向は顕著である。2016年卒ベースの新規求人倍率で「流通業」は実に6.98倍、「サービス・情報業」が6.25倍という非常に高い水準に達している。ちなみに「製造業」は1.96倍である。

 アベノミクスが始まって以来、わが国の労働市場では需給関係が変化し、新卒市場も含めて売り手基調が続いている。この変化は大学、学生や労働者にとっては歓迎すべき市場変化ではあるが、企業にとっては必要な人材が質・量両面での確保が難しい事態となる「人手不足」の時代を迎えていることになる。この人手不足は周期的、短期的な景気変動の影響だけではなく、その深層にはわが国の急速な人口減少、生産年齢人口の減少がある点も忘れてはならない。わが国の国内労働市場が基調としての人手不足色を徐々に強め続けるということである。この人手不足は労働集約性の先のような高い第三次産業群でより深刻なものとなりつつある。

 一方、第三次産業群では雇用構造として非正社員比率が高いという点が最大の特徴といってよいが、今後、非正社員の雇用に対しては法的制約が強まることが確実視されている。

 まず、本年、平成28年10月より週の所定労働時間が20時間以上の者にまで社会保険(厚生年金保険、健康・介護保険)が適用される。正確には他にも四要件として、年収が106万円以上、月収が88,000円以上、雇用期間が1年以上、企業規模が従業員501名以上(平成31年9月末までの時限措置)などがある。現在、この諸要件を満たす短時間労働者は日本国内で25万人程度いると推定されている。雇用する企業にとっては言うまでもなく法定福利費負担が人件費として上乗せされ、労働単価の上昇となる。新規適用となる二つの社会保険料率を合算すると30.3%(事業主は折半負担)であり、例えば、年収120万円のパート労働者であれば約18万円の企業負担増となるわけである。

 また、改正労働契約法が平成254月に既に施行されている。これは有期労働契約が反復更新されている場合に通算5年を超えたときに、労働者の申し込みによって企業などの使用者が無期労働契約に転換しなければならないルール(無期転換ルール : 正確には「無期転換申込権」)が導入され、使用者に拒否権は認められていない。有期労働契約であれば、パート、アルバイト、契約社員、嘱託など職場での呼称にかかわらず、対象となる。実際に申し込みが始まるのは平成30年4月となる。これは、雇止め制限の法理の法定化であり、無期契約労働者との不合理な労働条件の相違を禁止することが目的である。

 この二つの新たな法的制約は非正社員比率の高い第三次産業群の経営にとって大きな負のインパクトとなる可能性が高い。

 日本労務学会の全国大会が6月末に開催されたが、本年の統一論題は「雇用ポートフォリオ 理論から実践へ」というものであった。喧々諤々、面白い議論がなされたのだが、筆者にとって最も興味深く、印象的であった報告は、このポートフォリオ論の議論ために招待した大手流通業(GMS)の人事部長の方の報告であった。全国に店舗展開する総合スーパーにおいては、総従業員の4分の3がパートなどの非正社員という雇用構造のなかで、人手不足の深刻化と、それと連動する労働単価の上昇という厳しい環境に直面するなかで「フェア(公正)で、チャレンジングな人事制度」を構築しようとご苦労されていた。

 この第三次産業群(一部、金融保険等を除く)での人手不足+人件費負担増加という厳しい時代に、どのような対応が求められているのだろうか。

 先の求人倍率をみる限りでは求人数に応じた求職者数が得られていないという労働市場における“不人気”状態を脱することが求められていることは間違いない。と同時に、人件費単価としての上昇を補い、それを上回る生産性の向上も並行して実現しなければ収益性の低下を余儀なくされる。

 第三次産業群にとっては、最高難度の課題を突き付けられているといってよいだろう。

 不人気を脱するための企業として、職場としての魅力化と、労働生産性の向上という一見、相反する要求に応えるためには、新たに中長期的な人材戦略、そして雇用ポートフォリオ戦略を構想しければならないのであろう。

 まず、流通・サービス、福祉などの第三次産業群の“不人気”の要因とは何か、その軽減、除去が不可欠であろう。労働時間が長く、不規則で休日、早朝、夜間労働なども多い。にもかわらず相対的低賃金であること。こうした劣位な労働条件だけが放置され、強調されれば“不人気”を脱することはなかなか難しいだろう。

 しかし、一方で第三次産業群にも仕事や職場としての見過ごされている魅力もある。全国各地に展開する地場産業であることは、学生がよく就職希望として発言する「故郷である生まれ育った地元で働ける」という利点がある。ならば、家族や親族の多いコミュニティの中で仕事ができることとなり、出産・育児や介護といった両立リスクにとって有り難い人的資源を活用できるわけである。時間的な融通性の高さなども含めて、労働者にとって長く働き続けることができる土壌があるということである。

 さらには、第三次産業群の多くには「人(顧客、患者、入居者等)と直接、接することができて、仕事を通じて感謝される」という喜び、働き甲斐を日々得られるという大きな魅力がある。製品を出荷して、流通にまかせてしまう製造業にはない魅力なのである。

 幸いなことに現在の労働者、特にその中でも若年層が勤務先企業に求める要素は多様化している。その中で「楽しく働きたい」「人や社会の役に立ちたい」「地域社会に貢献したい」といった就労ニーズは強まっているように感じている。そうした賃金だけではない非経済的な魅力に根付いたニーズに応える力を第三次産業群は潜在的に備えている。その力を顕在化させ、増幅させ、そして評価できる就労システムが求められているのではなかろうか。

 いかにして魅力ある企業、産業として変貌していくべきなのか。第三次産業群の変化は必然であり、これを好機として果敢な対応が求められていると考えられる。