株式会社i CARE代表取締役 
東京ベイ・浦安市川医療センター経営企画室室長 山田 洋太

 私は現在、IT企業を中心に産業医業務を行っています。そのような産業医の仕事の中で、今回は、メンタルヘルスに関する私の成功体験を共有できればと思います。この成功体験、実は産業医だけでなく、人事や上司の方でも同様に使えるスキルでもあります。

 メンタルヘルスの問題は、御存知の通り、個人の問題のみならず周囲への影響から生産性が低下すること、不要なコストが発生することなど経営的な観点からも重要な課題です。困った社員への対応や適応障害となっている社員への対応等の個別の対応も重要ですが、同時に組織へのアプローチも忘れてはいけません。
 今回は個別対応の事例を通して、どのようなことをして今まで問題行動のあった社員が普通の行動へと変わり、パフォーマンスを向上させたのか、さらにそのような社員との会話で何に気をつけて会話すればよいかをお話ししたいと思います。

 とあるIT企業でのこと、2年前からある社員の問題行動に対して上司や人事部が手を焼いており、私に何とかしてほしいということで話がありました。その社員は、メンタル失調になってから自分の感情をコントロール出来ず、周りの社員や取引先とも激しい口論になってしまうことがしばしばあったようです。そのようなことが数カ月前から徐々に増えており、休ませたほうが良いのか、それともそのまま腫れ物にさわるような感じで病状が落ち着くまで待ったほうがよいのか、上司や人事部が悩んでいるということでした。

 このような事例はよくあることです。ここで重要なことは、「事例性」と「疾病性」という考え方であり、会社での業務では「事例性」を最優先させなければなりません。つまり、今回の事例でもそうだったのですが、本人も周りの社員も病気が安定しないから仕方ない、という「疾病性」を優先させることで問題が複雑になり、対応できなくなり、その社員も組織も困ってしまっていたということです。病気が不安定であれ、社会通念上、社会人としてのルールは守る必要があり、上司も人事部も守らせることが責務です。疾病と事例とは別物だということを理解することが大切です。

 そのようなスタンスでこの社員と産業医面談を実際に行いました。もちろん最初の段階で大切なことは、お互いの理解を推し進めることであり、信頼関係を構築することにあります。従ってその社員の行う業務内容や社歴、楽しいことや辛いこと、プライベートのこと等幅広く聴く必要があります。そして必ず伝える魔法の言葉があります。それは「◯◯さん、それはすごいですね!どうやっているのですか?」と言って「褒める」ことにあります。褒めることで親密にいろいろなことを話してくれます。その中でその社員が抱えているリスクを評価し、どれを紐解けば重なりあっているストレスが1つずつなくなるのだろうかというパズル解きを行っていくということになります。その上で、これは病気のせいではなく、自分の感情のコントロールの問題であり、組織のルールを守ることは自分のためにも会社のためにも大切である、そこはトレーニングしながら1つずつ解決していきましょう、ということになるわけです。そして家族との関係をどうしたらよいのか、取引先との関係をどうしたらよいのか、同僚や上司とどのように関係を築いたらよいのか等、1つずつ毎回話し合い、やれることを粛々とその社員が自ら取り組むことで感情のコントロールが出来るようになり、家族や同僚、上司とも良好な関係を築くことに成功したのです。
 この事例のように本人が変わりたい、周囲もサポートしたいという環境であれば、6ヶ月でこのように変わることができるのです。

 私が心がける会話力アップとは
1.その人の業務や行動、努力を褒める
2.悩みに対してポジティブなソリューションで返す・気づかせる
3.自分が変われば、楽しく働くことが出来ることを約束する

 私は今まで数万人の心療内科や一般内科外来での行動変容を中心に、適応障害やうつ病、禁煙や肥満、糖尿病を持つ患者さんに対して人間関係をどう変えるのか、生活スタイルをどう変えるのか、ということに取り組んできましたが、このような会話の方法により、高い成功率で「行動を変える」ことができるのです。
 もし人事や上司の方で部下や社員の対応で悩まれることがあれば、会話の中に3つの要素の1つだけでも入れてみてください。良好な関係の中でその社員が問題点を修正し、意欲的に業務遂行することができるでしょう。

 当然、労務管理を徹底することを前提にこのようなことが出来るのは言うまでもありません。従って、いくら個別事例を改善したとしても、全体の組織の体制が変わらなければもぐらたたきの状態となります。組織全体へのアプローチは、さらにハードルの高いものかもしれませんが、その介入でこそメンタルヘルスの問題が解決すると言ってもよいでしょう。

 産業医はカッコいいし、やりがいがある、と私は考えています。だからこそそんな産業医を上手に利用して「ゴキゲンな組織」を日本中に作ってほしいと思います。皆様が社員と会話する中で、この成功体験がお役に立つのであれば幸甚です。






■ 山田 洋太 略暦

山田 洋太
金沢大学医学部医学科卒業
2005年 沖縄県立中部病院研修
2008年 離島医療(久米島)に従事
2012年3月 慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了

 大学院と並行して心療内科を学び、一般内科とともに現場での診療も継続中。
現在、株式会社i CARE代表取締役、東京ベイ・浦安市川医療センター経営企画室室長。