東京医科大学大学院卒業 東京医科大学 眼科 兼任助教 永田眼科クリニック 眼科 勤務医 
Gift Hands 代表 三井ホーム株式会社、佐川急便ホールディングス他 三宅 琢

 以前のコラムで現代の産業保健に求められる「伝える力」の重要性を書きましたが、「伝える力」と同様に重要な能力が「聞く力」です。
 ここでは、面接指導等のさまざまなシーンで重要となるコミュニケーション能力の一つ、聞く力を養う上での重要な3つのステップについて具体的な事例とともに紹介させて頂きます。



1 自分を知る:無知の知

 対話において陥りやすい失敗は、自身の説明能力の高さをもって相手への情報の伝達度を測ってしまうということです。実際には内容の伝達度は、自身の発信力と相手の吸収力の掛け合わせにより成立します。そのため伝達度を高めるためには発信力の育成と同時に相手側の吸収力を向上させる努力が必要です。また一方で我々は相手と対面するまで、まったく相手の思考を知り得てはいないということを理解する必要があります。

 例えば、産業医面談において産業医は、相手の健康情報や勤怠情報を知り得ていても、人柄や価値観は何も知らない状態で面談が始まるという事実に気づくことが最初のステップになります。どんなに説明が上手な人であっても、相手の病態の理解や健康への意識のレベルは、実際に対面するまでは絶対にわからないのです。

例:健康診断実施後の面談での対話
  △ 健康診断の結果の説明や治療の必要についての説明
  ○ 現在の労働者自身の健康状態に対する関心や満足度の確認



2 軸を知る:働く意味

 2つ目のステップは、相手の吸収力の向上です。自分が無知であることを理解すれば、必然的に相手の価値観は相手に聞くしかないことになります。労働者が働いていく上で最も何に価値を置いているかを探すことで、会話の伝達度は飛躍的に向上します。相手が価値をおいている軸に乗せて現在の健康状態が導く未来を説明し、自分の健康状態に対して関心を持たせることで、相手の吸収力は格段に向上するのです。

例:社員:未治療の糖尿病を持つ営業成績の良好なNo1営業マン
  △ 糖尿病の合併症の恐ろしさ、治療の大切さの説明
  ○ 糖尿病の悪化による症状が営業のパフォーマンスの低下を導くことの説明



3 翻訳する:想いを言葉にする

 ステップ3は、発信力の低い面談者への発信力のフォローアップです。定期的に相手の言っていることを要約し言葉に変換することで、発信力の高くない面談者であっても、自分の想いが正しく伝わっていることを確認しながら会話ができるため安心感は向上します。また定期的に要約を入れることで、会話全体の方向性が本来の趣旨と大きく脱線することを防ぐことができます。

例:発信力の低い面談者への合いの手的対話
○ ・・・ということは、その病気が原因で今のような思考になっていると感じるのですね?
○ とてもいい状態を10、とても悪い状態を0だとすると?
○ その症状の中で一番、今すぐに改善したい症状はどれですか?



ここまでの内容をまとめると

①相手の価値観や健康意識の高さに関しては無知であることを知ること
②面談者が価値を置く軸を見つけ、その軸に乗った未来予測を話すこと
③相手の発信力を補助し、想いを言葉として引き出すこと


 この3ステップで相手の心の声を聞く力は、多忙な労働者と対話する産業保健の現場では重要です。
 症状の改善を目的に、自発的に病院に来る患者との対話が中心の臨床の現場とは異なり、産業保健の現場では産業医や産業保健スタッフからの働きかけにより面談が発生します。特に現状で体調の不良を感じていない多忙な労働者は、業務時間中に面談に参加すること自体に基本的に受身な態度です。彼らに自分自身の健康に関心を持たせて行動変容を促す上でも、彼らの心の声に耳を傾けられる聞く力の育成が、現在の産業保健の現場においては非常に重要であると考えられます。




■ 三宅 琢氏 略歴

三宅 琢氏
平成17年 東京医科大学卒業
平成24年 東京医科大学大学院卒業
東京医科大学 眼科 兼任助教
永田眼科クリニック 眼科 勤務医
Gift Hands 代表
平成25年 三井ホーム株式会社、佐川急便ホールディングス他 嘱託産業医
東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員
平成26年 株式会社Studio Gift Hands 代表取締役
網膜再生医療研究開発プロジェクト 客員研究員
株式会社ファーストリテイリング 本部産業医
平成27年 神戸先端医療センター病院 眼科非常勤医師

臨床医、研究者そして産業医として働く傍らで、株式会社Studio Gift Handsの代表として視覚障害者ケア情報サイトを運営し、ビジョンケアの紹介やコンサルタント業務を行う。またデジタル機器を用いた新しいケアを行うイノベーターとして全国のApple Storeや盲学校、視覚障害者支援施設や大学等でiPadとiPhoneを用いたデジタルビジョンケア(視覚に障害があるため生活に何らかの支障をきたしている人に対する医療的、教育的、職業的、社会的、福祉的、心理的支援)に関するセミナーや講演等を行っている。