労働衛生コンサルタント
Vocation Support K 代表 竹下 溪

 

プレゼンティズムという言葉をご存知でしょうか。

 

アブセンティズム(absenteeism)は、英語のabsent(欠席)からくる言葉で、欠勤や休職、あるいは遅刻早退など、職場にいることができず、業務に就けない状態を意味し、従来の労務管理の指標として、様々な対策が講じられてきました。しかし、近年は、産業衛生の分野でプレゼンティズム(Presenteeism)が注目を集めています。
プレゼンティズムとは「何らかの疾患や症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や生産性が低下している状態」を言います。

 

アメリカの先行研究では、健康リスク数が増えるほど労働生産性(アブセンティズム・プレゼンティズム)の損失割合は上昇すること、特にプレゼンティズムで顕著に労働生産性が損失することにつながる、ことが明らかになっています。1)

こちらは、個別の健康リスクと労働生産性との相関を調べたものです。超高齢社会は、必然的にその健康リスクの増大のため、ひいては生産性の低下という課題を内在することがわかりました。この健康リスクを如何に減少させるか、ということはもちろん企業の産業衛生の解決すべき課題ですが、今日は少し異なる視点から生産性を考えてみたいと思います。

 

労働生産性を低下させる要因は、職場の衛生環境にもあるのではないかという疑問です。

 わたくしは、作業環境測定・分析・コンサルティングを行う会社の産業医をしています。東京で、ご依頼が多いのがオフィス等の測定です。事務所衛生基準規則(事務所測)や建築物環境衛生管理基準(ビル管法)、学校環境衛生基準をもとに測定・分析、時にはコンサルティングを行います。

社内でも法定よりも多くの項目を頻回に計測を行っておりましたが、計測の場所・タイミング次第で、実情が反映されていないことがあるのではないか、という意見が衛生委員会で出て参りました。

社員の方がいくつかの項目に関して、自発的に24時間測定ができるデバイスを作成してくださった結果、気温・湿度・二酸化炭素の日内変動がわかり、特に冬季は湿度が常に低下し、CO2が基準値よりもはるかに上昇していることなどがわかりました。

さらに、計測機の数を増やしマッピングを行った結果、同じ部屋で働いていても、場所によって寒暖の差が大きいことや、CO2の濃度が異なること、換気扇による換気能力が人数に対して足りていないこと、エアコンがCO2を拡散している可能性があること等が明らかになりました。

また、24時間計測し、詳細な折れ線グラフを表示できることにより、寒さから換気回数が減りCO2濃度が上昇していることがわかり、適切なタイミングで換気を行えるようになりました。

さらに、衛生委員会では、日中の息苦しさや眠気がCO2の折れ線グラフと相関しているのではないかという意見があり、社員の皆さんはスマートフォンのアプリケーションから、いつでも環境測定の値を確認できるようにしました。これに伴い、息苦しさや頭痛、眠気を感じた時にスマートフォンで自ら確認し、換気を行う回数が優位に増えました。

 

CO2自体は、少量であれば人体に有害ではありませんが、1000ppmを超えると倦怠感、頭痛、耳鳴り、息苦しさ等の症状を訴えるものが多くなり、フリッカー値(フリッカー値が小さいほど疲労感が高い)の低下も著しいとされています。
会議中や授業中に襲ってくる睡魔は、オフィス内や教室内のCO2濃度の上昇が原因であり、実験により、CO2濃度が2500ppmに達すると仕事中のパフォーマンスが著しく低下するとも言われています。2)

 

本日のメインテーマであるプレゼンティズムですが、肩こりや腰痛、生活習慣病に運動不足、飲酒に喫煙など健康リスクは枚挙にいとまがありませんが、従業者一人一人が自覚し、積極的に改善に努めているかというと、十分とは言えないと感じています。

事務所の衛生環境に関しても、同じようなことが言えるでしょう。

わたくしは、この環境測定プラスIoTがもたらした大きな利点の一つは、本人の気づきが促されたことだと考えています。気づきがなければ、そのあとの行動にはなかなか結び付きません。プレゼンティズムを数値化することで、自覚し改善する。すなわち、労働者が何に煩わされているのかを「見える化」することが、労働生産性の向上への早道であることをご理解いただけたかと思います。

 

ご自身の企業で何かお困りごとや疑問があった時、ちょっとした比較検討や検証を行うことも有効です。本当にそれが健康を害しているのか、逆に健康になっているのか。本当に効率化へと繋がるのか。ぜひ、衛生委員会や産業医を活用し、解決に向かっていってほしいと思います。

産業医は、企業の産業衛生を担う一人として、組織が活性化し、生き生きと働ける職場づくりができるよう、ともに考え、医学的な助言をするべく日々研鑽を積んでおります。
わたくしもプレゼンティズムを最小化し、皆様が生き生きと働くことができる職場が広がっていくように今後も尽力してまいります。

 

参考文献:

1)Journal of Occupational and Environmental Medicine: July 2004 – Volume 46 – Issue 7 – p 737-745

2) Elevated Indoor Carbon Dioxide Impairs Decision-Making Performance
Feature Story Julie Chao (510) 486-6491 • October 17, 2012